金徳院の門前に停車したベチャ

ジャカルタにある金徳院の前に停まっていたベチャ
インドネシアのジャカルタにある金徳院という中国寺院で撮影 オザワテツ

金徳院の門前に出ていた屋台の前にはベチャと呼ばれる自転車タクシーが停まっていた

金徳院の境内をウロウロし終えたので、忙しない寺院から外に出ることにした。周りには観光地らしいものは何もない。単なるジャカルタの住宅街だ。もっとも、ここはチャイナタウンの中なのだけれど、チャイナタウンらしさを感じさせるものも何もない。中国文化は境内だけに閉じ込められているのだった。

細い参道を歩いて振り返る。道の向こうには金徳院と漢字で書かれた扁額がかかった門が見えた。参道の脇にはバイクが何台も駐輪されていて、近所のお寺といった趣だ。

参道の終わりには冷たい飲み物を販売する屋台がパラソルの下に出ていて、その前にはベチャと呼ばれる三輪の自転車タクシーが停まっていた。座席には客が乗っている。どこかへ向かう途中で、何か冷たい飲み物を買いたくなったのだろう。客の男は屋台の人と何やら会話を交わしていた。

境内の中は、大勢の参拝客がいて、線香やロウソクが奉納されていて、春節を祝うという雰囲気に溢れていたけれど、一歩外に出るとそのような雰囲気は霧散してしまっていた。

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金徳院とは

金徳院はインドネシア・ジャカルタの中華街グロドックにあるクレンテン(現地語で「中国寺院」の意)。1650年に完成したジャカルタ最古の中国寺院。 1650年、カピタン・チナのKwee Hoenが金徳院を建立し、観音菩薩が祀られていることから観音亭と命名された。「観音亭」という名称は「クレンテン (Klenteng)」の語源になり、「クレンテン」は後にインド諸国において中国の宗教施設全般を指す一般的な用語になった。 1740年の華僑虐殺事件で金徳院は全焼した。事件の後、オランダ領東インド総督のグスタフ・ウィレム・ファン・イムホフは、各民族集団を管理しそれぞれのコミュニティの社会的・宗教的問題を調整するための半自治組織を設立した。中国人の民族集団はこの組織を「Kong Koan」と呼んだ。1755年、Kong Koanはカピタン・チナのOey Tji LOの指揮の下で金徳院を再建し、維持管理を担当した。修復された寺は「金徳院」と命名された。

ジャカルタにある金徳院ってどこ?

PHOTO DATA

No

11575

撮影年月

2020年1月

投稿日

2020年06月22日

撮影場所

ジャカルタ / インドネシア

ジャンル

ストリート・フォトグラフィー

カメラ

SONY ALPHA 7R II

レンズ

ZEISS BATIS 2/40 CF

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