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インドという国では働いているのか休んでいるのか、あるいはただ「待っている」のか、その区別が曖昧な場面にしばしば出くわす
ベトナム人にとってロンビエン橋は単なる交通手段であるだけでなく、戦禍と復興の歴史を体現する象徴でもあるのだろう
中央に媽祖を祀る本殿がありながら、その周囲には多種多様な神々が、それぞれの小さなお堂に鎮座していた
外を歩いているはずなのに、ふとした瞬間、屋内をさまよっているような気分になることがある
インドの街ではどこにも属さず、ただ道端に腰を下ろしている人びとをよく見かける
ハノイ旧市街を歩いていると、絶え間なくバイクの音が耳に届いてくる
道教寺院には何度も足を運んでいるのに、僕はまだ作法をよく理解できていない
ぎゅっと凝縮された熱と暮らしが詰まっているのが香港という都市の不思議な魅力かもしれない
青空床屋に登場するのは、ここでも男性ばかりだった
おもちゃ屋の前に立っていた小さな男の子は、パラダイスに迷い込んだようだった
かつて鹿港が港町として栄えていたころ、多くの船乗りが立ち寄ったという天后宮には、今でも多くの信者が訪れる
冷蔵ケースなどは見当たらず、ローストされた鶏が店内に無造作に吊るされていた
タクシーのドアの内側に、色褪せた花柄のビニールシートが貼られていた
ベトナムでは、都市から農村に至るまで、郵便ネットワークが今なお力強く機能しているという
台湾の伝統芸能である布袋戲、つまり掌中劇を演じる舞台が道端に出ていた
店先にずらりと並んだ肉はまるでこの香港の生命力そのものを象徴しているかのようだった
バス停のベンチに座っていたひとりの女の子が、こちらを見てふっと微笑んだ
中国の大きな影響を受けてきたベトナムにフランスの影響が強くなってくるのは、1884年の清仏戦争のあとのことだ
清朝時代に港町として隆盛を極めた鹿港の天后宮は、交易都市としての繁栄の記憶を今に伝えている
漢字で火龍果と書かれた果物はドラゴンフルーツのことだった
ダラ(ミャンマー)
子どもたちが田圃で捕まえた魚をハサミでさばいていた
コルカタ(インド)
路地で写真を撮っているとカメラの前に立つ人びとがどんどん増えていった
スワヤンブナート(ネパール)
荘厳なお堂の脇に男の子
チルボン駅(チルボン)
列車でやってきた人を目当てにチルボン駅前にはたくさんのベチャが停まっていた
ベルハンポル(インド)
粗末な喫茶店
テフアンテペック(メキシコ)
もぐもぐする若者
男の眼差しには、警戒とも好奇心ともつかぬ複雑な感情が混ざっていた
渋谷(東京)
ギターを弾く女性
大久保(東京)
大きな壁際の道
プネー(インド)
男の子はカメラを構える僕を首を傾げながら見ていた
ブンガマティ(ネパール)
垂れ目と伝統的な帽子
金徳院(ジャカルタ)
中華文化では年末にかまどの神様を天に送り、新年になると再び天からかまどの神様を迎え入れるとされている
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