ジャカルタ(インドネシア)
壁があると何かを描きたくなるのはアメリカでも日本でもインドネシアでも同じのようだ
路上で食べ物を売る人は、電気やガスも自分で用意しなければならないし大変だ
カメラを向けると、男の子はその瞬間を待っていたかのように逃げていった
東南アジアで目にするもので、日本では見かけないもののひとつに天秤棒がある
ドラマや映画を撮影するときに、お金持ちの家が舞台の時はあまり物を置かず、貧乏を表現したい時には物をゴチャゴチャ置くのだという
オーダーをしてしまうと、料理が出てくるまで修行僧にでもなったような心境になってしまう
暑いジャカルタで、きちんと長袖の服を着たふたりはバイク・タクシーの運転手だった
デジタルデータになった写真は、フィルム時代と同じように何十年後にも残っているのだろうか
指笛に対するイメージは日本人と西洋人で異なっているので、インドネシアでもまた違っているかもしれない
コンビニの無い世界で小腹が減ったら、自分で何かを料理するか、軽食を出す屋台で買わねばならない
ジャカルタでは大通りとそれ以外の道の広さが極端に違うような気がする
この会社が運送会社なのかどうかも分からなかったけれど、働いている男たちが陽気なことははっきりと分かった
ジャカルタの大通りには携帯SIMを売る屋台が出ていた
自然発火することはないのだろうけれど、ガラス瓶で軽油を売るのは危なっかしい気がしてしまう
色々な国でミシンを使って生業を立てている人は多いけれど、移動することに主眼を置いている仕立て屋は珍しい
ごちゃごちゃした路地は、どこかへ通り抜けられるのか、はたまた誰か家にしか通じていないのかは入り口に立っただけでは分からない
7歳から12歳のインドネシアにおける就学率は男の子も女の子も99%を越えている
ジャカルタ随一の高級ショッピング・モールから10分くらい歩くと、高級感はもうどこにもなかった
ジャカルタでも働く車は男の子の関心を惹きつけてやまないようだ
イスラム圏ではマネキンであっても女性は髪を隠すと決まっているようだ
屋台の下の様子をうかがっている猫は、自動販売機に取り残しの釣り銭がないからどうか確認している人間のようだった
交差点でゆったりと過ごしているのは、人間だけではなく猫も同じだった
男の子は路地を行き交う全てのものに背を向けて、ひとり黙々と食べていた
町を歩いていると目にするのは男性向けの床屋ばかりで、女性はどこで髪を切っているのかは謎だった
仕立屋が使っているミシンはかなり年季の入った代物だった
インドネシアのバイク保有世帯比率は85%もあり、世界で三番目に高い
僕の後をつけてきたふたりの女の子にカメラを向けると笑顔が返ってきた
路地に出ていた屋台の周囲には大勢の人が集まっていて賑わっていた
手軽な喫茶店のないような住宅街では、路上が人びとのくつろぐ場所になっている
ジャカルタではバイクを自宅の敷地内にしまうという習慣はないようで、路地には沢山のバイクが駐められている
ジャカルタの路地で若い男が中華鍋を振っていた
ひとたびジャカルタの住宅街に迷い込めば、英語が堪能かどうかなんて関係なくなってしまう
アメリカの囚人服の風采に由来するとされる腰パンは、ジャカルタでも若者の着こなしとしてすっかり定着しているようだ
鮮やかな色に塗られたワゴンはまるでオランダの三色旗のようだった
人生の年齢が深く刻まれた顔でじっと見つめられると、なんだか心の中を見透かされているような気がした
ジャカルタの住宅街を流れる川や水路は暗渠にされることもなく、今でも青空の下を流れている
暑苦しい路地でダラダラしているのは人間ばかりではなかった
外国人があまりいない観光地でないところを歩いていると、地元の人の注目を浴びることは多い
ジャカルタの日常に溶け込んでいるコンビニだけれど、住宅が密集しているところで見掛けることはあまりない
インドネシアは高温多湿なので、タキーヤもメッシュ状にした方が涼しいに違いない
像
女の子
観覧車
雨
葉巻
制服