ジャカルタ(インドネシア)
社会の維持に必要な肉体労働はAIが発達しても、そうそうなくなることはないだろう
サワブサール駅(ジャカルタ)
ジャカルタのサワブサール駅の周辺には商業施設が建ち並んでいる訳でもなく、普通のビルが並んでいるだけだった
東京に負けるとも劣らずコンビニがアチラコチラにあるジャカルタだけれど、中には昔ながらのキオスクも残っている
野菜のフリッターであるバクワンなら、車を運転していても食べやすいに違いない
ジャカルタでもスマホは一般的なのだけれど、男が使っていたのは古いタイプの折り畳み式の携帯電話だった
ガンビール駅(ジャカルタ)
男はGojekのドライバーをしながら、同時に道端でお菓子類を売る仕事もしているようだった
ガンビール地区(ジャカルタ)
ハヤム・ウルク通りを走るバスはバス専用レーンを走り、プラットホームも中央分離帯に設けられていた
ハヤム・ウルク通り(ジャカルタ)
ジャカルタで見かけた給油機は人間にする点滴と同じ仕組みで動いているような気がした
グロドック地区(ジャカルタ)
ジャカルタの人は外国人が珍しくないのか、興味がないのか、あまり観光客がいないような場所を歩いていても耳目を集めることはない
スラビはインドネシアの伝統的なお菓子で、米粉にココナッツミルクや砂糖を混ぜたパンケーキのようなものだ
屋台で寝ていた男が寝ぼけ眼で僕を見て、取ってつけたように両手の親指を立ててくれた
ベチャの語源は中国語の福建方言で馬車のことをベチャと呼ぶことに由来しているらしい
グロドック(ジャカルタ)
ジャックと豆の木に出てくるえんどう豆はプテのように大きいものに違いない
マレーシア語とインドネシア語は多少の違いはあるにせよ、お互いに意思の疎通は難なく図れるくらいに近いものらしい
きちんと招福駆邪するためのお金を渡していたから、男は笑顔で応じてくれた
ソンコという帽子はトルコ帽にもテュベテイカにもネパールのトピという帽子にも似ている
獅子頭を付けていた男にいくばくかのお金を渡したら、獅子頭を持ち上げて満面の笑みを浮かべてくれた
圧倒的多数を占めるイスラム教徒に配慮しているのか、インドネシアでお酒を売っている場所はあまりない
インドネシアでは宝石や貴石に不思議な力が宿っていると信じられている
古銭商の店先に沢山並んでいたので、第二次世界大戦末期の日本軍はかなりの量の軍票を発行したのだろう
ファタヒラ広場(ジャカルタ)
インドネシアは世界第4位のコーヒー豆の生産国だ
ジャカルタの路上に出ていた屋台の上にミシンが備え付けられていた
ジャカルタに架かるコタ・インタン橋は1628年に架けられた橋でインドネシアに残る唯一の植民地時代の吊り橋なのだそうだ。
ジャカルタでオランダ東インド会社が作った重厚な町並みが綺麗に保存されている区画はそれほど広くはない
バンコク(タイ)
ワシャワシャした駅でベンチの男だけがじっとしていた
メークロン線路市場(タイ)
メークロン線路市場では線路のバラストの上に商品が陳列されていた
クロントゥーイ市場(バンコク)
クロントゥーイ市場では荷降ろしも市場内の運送も人力でなかなか大変そうだ
成功市場(台北)
限られた時間で多くの場所を訪れることはできても、限られた時間で食べる量増やすのには限度がある
雙連駅(台北)
台北で古くから栄えた大同区には庶民的な町並みが多く残っている
大同区(台北)
高級な雰囲気の漢方店でマンダリンカラーの制服を着た男が漢方を調剤していた
迪化街(台北)
迪化街には広東料理の高級食材である燕の巣を売っているお店もあった
成功市場で男が大袈裟なセールストークをしながら台湾茶を売っていた
臨江街夜市(台北)
次から次へと包んでいた男は一日にどれくらいの数の生煎包を包むのだろう
小田急サザンタワー(代々木)
小田急サザンタワーは新宿駅のすぐ横に建っているのに人びとの導線からは外れている
二葉フードセンター(武蔵小山)
昔ながらのスーパーマーケットに来ると、東南アジアのどこかにある市場にやって来たような気になる
明日の神話(渋谷)
立ち止まって明日の神話を眺める人は多くない
ヤンゴン(ミャンマー)
男の穏やかな顔を見ていると、旅の終わりがすぐそこまで来ているのを実感した
屋台で女性が帳面をつけていた
ヤンゴンではスタンドでもコンビニでも煙草が売られているし、さらには売り歩いている人も多い
煙草を吹かす男の前を頭上に鍋を載せた女性が通り過ぎていった
ビーチ
花
柱
ボート
籠
鳥居