池ノ上駅(渋谷)
井の頭線の池の上駅は各駅停車の電車しか停車しない小さな駅だ
品川(東京)
品川駅の南に北品川があるのは謎だ
ジャカルタ・コタ駅(ジャカルタ)
現在のジャカルタ・コタ駅の駅舎が建てられたのは100年近く前の1929年だ
チルボン駅(チルボン)
インドネシア語はマラッカ海峡の交易語であった海峡マレー語を、オランダからの独立運動の中で民族の統一言語としたものだ
特急列車は300キロ離れているジャカルタとチルボンを3時間程度で結んでいる
ガンビール駅(ジャカルタ)
長距離列車の発着駅であるガンビール駅は大きくもなく、地味な駅だった
世界で最も多く島嶼を抱えるインドネシアは、世界で一番多くのイスラム教徒を抱える国でもある
バンコク(タイ)
ワシャワシャした駅でベンチの男だけがじっとしていた
マハーチャイ線のプラットフォームで若いカップルがこっそりデートを楽しんでいた
マハーチャイ駅(マハーチャイ)
スマホが普及してから日常も動画で撮影されるようになり、後世の歴史家にとって貴重な資料になるのだろう
マハーチャイの薄暗いプラットフォームにはやかましいアナウンスが流れることもなく、穏やかな空気が漂っていた
マハーチャイ(タイ)
バンコクでトゥクトゥクに乗るのは外国人旅行者ばかりだったような気がするけれど、マハーチャイでは少し事情が違うようだ
新橋駅(新橋)
新橋駅のこちらとあちらのプラットホームにひとりずつ立っていた
夕暮れ時の新橋駅ではそれぞれが誰かと話すわけでもなく、無言で電車が来るのを待っていた
目黒駅(目黒)
スマホを見ているわけでもないのにサラリーマンが俯いて電車を待っていた
今の新橋駅は鉄道発祥の地である新橋駅ではないし、SL広場にある機関車はこの辺りを走ったことのない機関車だ
ヤンゴン中央駅(ヤンゴン)
ヤンゴン中央駅の雰囲気はのどかで、切符を買っているのか立ち話をしているだけなのかは判断が難しい
話している時間が長くなれば長くなるほど、見送るのが辛くなってしまう気がする
見送りに来た人たちと別れを惜しんでいる乗客もいれば、特に見送りに来た人もおらず静かに列車が動き出すのを待っている乗客もいる
見送る女性にレンズを向けていると、他の乗客が写真を撮っている僕を眺めていた
別れを惜しんでいたようで、列車が動き出すその時まで、女性と男性は何かを話し続けていた
ヤンゴン中央駅のプラットフォームで子どもたちが遊んでいた
ヤンゴン中央駅では床に座り込んで列車を待っている人もいる
ヤンゴン中央駅の待合室では誰も彼もがのんびりと列車を待っている
パーヤ・ラン駅(ヤンゴン)
アナウンスもなく、耳に入ってくるのは雨音だけのパーヤ・ラン駅で大勢の人が列車を待っていた
ボージョー・アウンサン・マーケットの出口を抜けると、そこはパーヤ・ラン駅のプラットホームだった
オークポースー駅(タニン)
オークポースー駅前の道は舗装されておらず砂利道で、駅前という好ましい立地にもかかわらず、周囲にはお店がひとつもなかった
利用客の数に比べて多いと思う数のベンチが設置されていて、ところどころに地元の人が腰を下ろしてのんびりしていた
ダニンゴン駅(ヤンゴン)
ダニンゴン駅のカラフルなパラソルはビーチパラソルを連想させる配色をしていた
市場のようなダニンゴン駅で幼い男の子が遊び回っていた
プラットホームで茄子とキャベツが売られていた
市場のようなダニンゴン駅には大勢の買い物客がいた
ダニンゴン駅の線路上で女が店を広げていた
プラットホームでお母さんが授乳しようとしていた
線路の上は行商人と籠で占拠されていた
まるで露天市のようなダニンゴン駅では、線路の上でも人がうごめいていた
線路の上に鮮やかな赤いロンジーをまとった女性が立っていた
ダニンゴン駅に停車した列車の車窓から乗客が顔を出していた
冷房のない列車から降りてきた男は上半身裸だった
インセイン駅(ヤンゴン)
インセイン駅ではビルマ数字でホーム番号が表されていた
神社
反射
自転車
こども
魚売り
着物