ジャカルタ(インドネシア)
インドネシアのサンバルとインドサンバルは全く違うものだ
開漳聖王廟(ジャカルタ)
参拝客が寺院の入口に並べられていた巨大なロウソクを使って、巨大な線香に火を点けていた
バジャイの運転手が交通量の少ない道路の脇に車両を停めて休憩していた
何の変哲もない場所を歩いていても、ジャカルタでは視線を感じることはないし、声をかけられることもあまりない
インドネシアは日本と同じように左側通行だ
食品サンプルは日本で考案された表現手法のため、海外で店頭に料理が置かれている場合、ほぼ全てが本物だ
ジャカルタでパンを売り歩いていた男はチャルメラを手にしていた
何度も再建を繰り返している金徳院は残念ながら格式が高いようには見えない
ファタヒラ広場や高級ショッピング・モール周辺では見かけないけれど、路地に入っていくとジャカルタでも自転車タクシーが現れる
誰も彼もがスマホを利用しているように見えるけれど、インドネシアのスマホ普及率は国全体で見ると30%ほどしかない
インドネシア料理でもカエルは食材に使われることが多いらしい
獅子舞を見かけると、グロドック地区がチャイナタウンであることを強烈に感じる
イスラム教が主流の国で偶像である絵画は人気がないような気がしていたけれど、ジャカルタは例外なのかもしれない
男の子の興味は並べられている雑貨ではなく、僕のカメラに向かっていた
インドネシアでは装身具としてだけではなく、魔除けとして指輪を嵌める男性も多い
ハヤム・ウルク通りの屋根のついた歩道は過ごすのに適しているようで、大勢の人が腰を下りしていた
バジャイの運転席に腰掛けて男が銭勘定していた
親指を立てるという仕草が肯定的な意味を持つとは限らない
ポリタンクにも規格というものが存在するらしい
Google Mapsを使えるようになってからローカル・バスに乗るハードルは下がったけれど、まだ乗り合いタクシーを乗りこなすのは難しい
エプロンをかけた男が洗剤で野菜を洗っていた
ジャカルタの路上ではドリアンだけでなくマンゴスチンも売られていた
本当の果物の王様はドリアンではなくバナナではないだろうか
ボール盤が置かれた町工場の雰囲気は東京とジャカルタであまり変わらないように思えた
路上で何をするわけでもなく過ごしている人は決まって男性だ
ジャカルタの道端では暇を持て余した男たちがチェスに興じていた
インドネシアは若い国で、2億5千万人ほどいる国民の4人にひとりが15歳以下だという
ジャカルタの住宅街でバイクを見かけても、自家用車を見かけることはほとんどない
男の子たちはクイーンのアルバムジャケットのような並び位置で写真に収まってくれた
幼くとも女の子はおしゃべりが好きで、このふたりも路地で噂話に花を咲かせていた
社交場になっている路地に幼い娘を抱えたお父さんが立っていた
ジャカルタで見かけるガスボンベはみな緑色だから、緑と定められているのかもしれない
壁があると何かを描きたくなるのはアメリカでも日本でもインドネシアでも同じのようだ
カメラを向けると、男の子はその瞬間を待っていたかのように逃げていった
東南アジアで目にするもので、日本では見かけないもののひとつに天秤棒がある
人びとが忙しくしている中で、じっとしている男は何もしていないが故にとても目立っていた
オーダーをしてしまうと、料理が出てくるまで修行僧にでもなったような心境になってしまう
暑いジャカルタで、きちんと長袖の服を着たふたりはバイク・タクシーの運転手だった
デジタルデータになった写真は、フィルム時代と同じように何十年後にも残っているのだろうか
指笛に対するイメージは日本人と西洋人で異なっているので、インドネシアでもまた違っているかもしれない
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