鑁阿寺(栃木)
鑁阿寺へ一直線に伸びる大日大門通りという名の参道は寺院へ続く参道というよりも観光地の匂いがプンプンする
真田堀跡(東京)
時代を経るにつれて無用の長物になってしまった真田濠は運動場になってしまっている
芝(東京)
閑散としたパティオに金がかけられているのを見ると、バブルの時代に建てられたのも納得だ
青物横丁駅(東京)
蒲田辺りで収穫された野菜を売っていた横丁の名前が青物横丁駅の語源になっている
新宿(東京)
新宿に張り巡らされた地下道は複雑すぎて、いくつになっても理解しきれない
武蔵小山(東京)
駅前の込み入った路地がすっかりなくなってしまったのも、ジェントリフィケーションの一形態なのだろうか
上野公園(東京)
さくらの咲いていない時期のさくら通りは閑散としている
急な階段の上にカップル
御徒町らーめん横丁(東京)
橋脚と橋脚の間にラーメン屋
新大久保駅(東京)
JRの線路下
皆中稲荷神社(東京)
皆中稲荷神社
大久保(東京)
大久保駅も新大久保駅も駅があるのは百人町というところだ
靖国神社(東京)
靖国神社の参道になっているところは、江戸時代には弓馬稽古場だったようだ
宝田橋(東京)
宝田橋の向こうにある日差しの中を歩く女性のシルエットが歩いていた
秋葉原(東京)
秋葉原という町の性格は時代とともに移り変わっている
丸の内(東京)
丸の内のビル群の合間を自転車が走り抜けていった
富岡八幡宮(東京)
富岡八幡宮の参道
亀久橋(東京)
仙台堀川に架かる亀久橋の向こうにスカイツリーがそびえていた
銀座(東京)
銀座の公衆電話の向こうに食品サンプルとブランドショップが見えた
銀座のビルに大きな影が落ちていた
有楽町産直横丁(東京)
有楽町産直横丁の路地に映画ポスターが何枚も貼られていた
山種美術館(東京)
ビルの上にあると思っていた山種美術館の入り口は階段を降りていった地下にある
古いスーパーマーケットの看板は空へ続いているかのようだった
代官山(東京)
窓ガラスに代官山交番前交差点が映り込んでいた
蓮乗院(東京)
かつての四谷寺町には、その名の通りお寺が多い
出羽坂(東京)
鮫河橋の谷底から伸びる出羽坂は素知らぬ顔で信濃町に伸びている
渋谷駅(東京)
連絡通路に立ち止まった男子高校生がスクランブル交差点を眺めていた
品川神社(東京)
品川神社と門前町は第一京浜で分断されていて全く別物のような装いをしている
新馬場駅(東京)
朝の通勤時間帯に新馬場駅に停まる電車は少ない
品川駅(東京)
京急品川駅のプラットホームの床は情報過多になっている
目黒不動尊(東京)
目黒不動尊が鎮座する場所は古代から人が住むのに適していたところだった
駒沢オリンピック公園(東京)
オリンピック記念塔は駒沢オリンピック公園で気になる構造物だ
東京国際フォーラム(東京)
東京国際フォーラムのロビーギャラリーは天井が高く、広々としている
花月園前踏切(神奈川)
花月園前踏切は東海道本線、京浜東北線、横須賀線、東海道貨物線など10本もの線路を越えていく
タカ・イシイギャラリー(東京)
タカ・イシイギャラリーの暗闇にインスタレーションが設けられていていた
六本木(東京)
かつて大名屋敷が並んでいた鳥居坂から東京タワーがよく見えた
根津(東京)
太陽の位置が段々と低くなっていくと、不忍通りは影に覆われていった
駒込富士神社(東京)
駒込富士神社の社殿は富士塚の上に建てられていた
新宿イーストサイドスクエア(東京)
新宿イーストサイドスクエアの敷地には曲線が多用されていたものの、トンネルは四角かった
東京都庭園美術館(東京)
旧朝香宮邸にある浴室の窓にはサスペンスが始まりそうな雰囲気が漂っていた
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