階段を登っていくと社務所があって、さらに階段を登ると拝殿に辿り着いた。板の間のある拝殿の向こうには神門が見える。その先が本殿だ。ここは京都・船岡山にある建勲神社、織田信長を御祭神とする神社だ。
織田信長が本能寺の変で命を落としたのは1582年のこと。そう考えると、この建勲神社も古くから鎮座しているように思えるけれど、そうではない。建勲神社が創建されたのは1870年、織田信長が死んでから300年くらい経って、明治維新も終わってからのことだ。なんでも明治天皇から戦国乱世において天下統一、朝儀復興などの事業を進めた織田信長の御偉勲に対し神社創立の宣下があったのだという。
死後300年くらい経ってから宣下がなされたのにちょっと違和感を感じるのは僕だけではないだろう。1870年というと大政奉還は終わっているものの、まだ廃藩置県もなされていないし、散髪脱刀令も発令される前だ。おそらく明治維新後の混乱で世の中がまだ不安定だったためにそのような宣下がなされたのだと思う。しかしながら、明治天皇の思いも虚しく、1872年の佐賀の乱をこけら落としに、神風連の乱、秋月の乱、萩の乱など士族反乱が相次ぎ、1877年には最大の内戦となる西南戦争が始まってしまうのだった。
2021年5月 建築 京都 | |
樽 門 京都市 注連縄 神社 |
No
11893
撮影年月
2020年2月
投稿日
2021年05月01日
更新日
2023年08月25日
撮影場所
建勲神社 / 京都
ジャンル
建築写真
カメラ
SONY ALPHA 7R II
レンズ
ZEISS BATIS 2/40 CF