上野東照宮の金ピカの社殿が曇り空の下で、不気味に輝いていた

上野東照宮の社殿
上野東照宮の社殿
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上野公園になっているところは、かつて寛永寺という寺院の境内だったところ。明治維新の前まで、ここには東京国立博物館も西洋美術館も東京都美術館も存在していなかった。その代わり、法華堂や常行堂、多宝塔、輪蔵、根本中堂、本坊など徳川将軍家の菩提寺だった寛永寺の堂宇があちらこちらに建っていたのだ。

そのような権勢を誇った寛永寺が衰退してしまうのは幕末から明治時代にかけてのことだ。1868年に上野戦争の戦場となった結果、根本中堂をはじめ主要な堂宇が焼失してしまうだけでなく、明治維新後には寺領の大半を新政府に没収されてしまった。今でも寛永寺の本堂は東京芸術大学音楽学部の裏手にあるものの、訪れる人はまばらでかつての栄華は偲ぶしかない。

多くの堂宇が歴史の荒波に揉まれて焼失してしまった中、寛永寺の境内にあった東照宮は江戸時代から同じところに鎮座し続けている稀有な存在だ。入場券を購入して境内に足を踏み入れると、上野戦争や関東大震災、第二次世界大戦などの厄災を乗り越えて、三代将軍である徳川家光が1651年に改築した社殿が今でもどしんと待ち構えている。その来歴から強運の神様として、また祭神が徳川家康であることから出世、勝利、健康長寿の神様として信仰されているというけれど、金ピカの社殿を眺めると金運もアップするような気がしてくるから不思議だ。

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ENGLISH
2024年8月 建築 東京
黄金 神社 上野

PHOTO DATA

No

12630

撮影年月

2024年2月

投稿日

2024年08月15日

撮影場所

上野 / 東京

ジャンル

建築写真

カメラ

SONY ALPHA 7R V

レンズ

ZEISS BATIS 2/40 CF

日本国内で撮影した写真とエッセイ

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