金徳院で祈る男

ジャカルタにある金徳院でお参りする男
インドネシアのジャカルタにある金徳院という中国寺院で撮影 オザワテツ

金徳院では壁と壁の間でお参りをする人の姿が見えた

日本のお寺だと本堂の中に祀られているのは、御本尊とその両脇にご本尊が従えている神様くらいだ。でも、東南アジアにある中国寺院にはお堂の中にいくつも祭壇が設けられていることが多い。沢山の祭壇が設けられているが故に、お堂の中がごちゃごちゃしていることもしばしばだ。ここには塔頭というような概念はないのだ。

ジャカルタのチャイナタウンにある金徳院にもご多分に漏れず、多くの祭壇が設けられていていて、それぞれに神様が祀られていた。参拝客はみな思い思いの祭壇の前でお参りしている。興味深いのは、本尊である観音様がある本堂はガランとした建物の中にいくつもの他の仏像とともに安置されているのに、仏像によっては仕切りで区切られた空間に大切そうに安置されていることだ。ご本尊が大部屋の中にいるのに、他の神様がパーティションで区切られた中にいるように見えてしまう。

写真に写っている男性も、そのように区切られている空間に祀られている神様にお参りをしていた。僕の立っている場所からは壁に遮られて、男性が手を合わせている神様がどの神様なのかは分からなかった。もっとも、仏像を見たところで何の神様なのかを判断するのは難しいけれど。

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金徳院とは

金徳院はインドネシア・ジャカルタの中華街グロドックにあるクレンテン(現地語で「中国寺院」の意)。1650年に完成したジャカルタ最古の中国寺院。 1650年、カピタン・チナのKwee Hoenが金徳院を建立し、観音菩薩が祀られていることから観音亭と命名された。「観音亭」という名称は「クレンテン (Klenteng)」の語源になり、「クレンテン」は後にインド諸国において中国の宗教施設全般を指す一般的な用語になった。 1740年の華僑虐殺事件で金徳院は全焼した。事件の後、オランダ領東インド総督のグスタフ・ウィレム・ファン・イムホフは、各民族集団を管理しそれぞれのコミュニティの社会的・宗教的問題を調整するための半自治組織を設立した。中国人の民族集団はこの組織を「Kong Koan」と呼んだ。1755年、Kong Koanはカピタン・チナのOey Tji LOの指揮の下で金徳院を再建し、維持管理を担当した。修復された寺は「金徳院」と命名された。

ジャカルタにある金徳院ってどこ?

PHOTO DATA

No

11572

撮影年月

2020年1月

投稿日

2020年06月19日

撮影場所

ジャカルタ / インドネシア

ジャンル

ストリート・フォトグラフィー

カメラ

SONY ALPHA 7R II

レンズ

ZEISS BATIS 2/40 CF

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