ムンバイのマスジッド駅周辺は、歩くだけで汗が出るほどの熱気に包まれた問屋街だった。インド随一の商都らしく、狭い通りには衣料品、香辛料、乾物、そしてガラクタとも宝物ともつかぬ品々が並んでいる。人の往来に混じって手押し車もひしめき合い、こちらの歩みなど一顧だにしない。そんな喧噪のなかに、茶葉を扱う問屋を見つけた。
近づいてみると、銀色のボウルに山盛りになった茶葉がずらりと並び、「ダージリン・グリーンティー800ルピー」「グリーンティー1200ルピー」などと札が立てられている。これがもし東京のデパートの地下売り場に並んでいたら、さぞや高級品の顔をして鎮座するに違いない。インドでは庶民の飲み物である紅茶が、こうして問屋街に積み上げられている姿には、妙に肩の力が抜けた風情がある。
雑学を一つ挟めば、紅茶の消費国としてはイギリスよりもインド自体の方が多いという。しかも「ミルクティーに砂糖をどっさり」というのが標準仕様で、ストレートで香りを楽しむのはどうやら外国人の趣味らしい。問屋の棚に並ぶ札には「Star Dust」や「Akash Dust」など、もはや天文学的な銘柄まであった。こうなると味よりもネーミングの勝負ではないかと疑いたくなる。
それでも茶葉を手に取り鼻を近づけてみると、たしかに芳醇な香りが漂ってきた。問屋の主人は商売熱心でもなく、客が勝手に匂いを嗅いで立ち去るのを、ただ扇子を仰ぎながら見送っている。ムンバイという都市の気質は、こういう無頓着さとしたたかさの絶妙な混合物でできているのだろう。
2025年8月 食べ物 インド | |
ムンバイ 値札 お店 茶葉 |
No
12895
撮影年月
2024年5月
投稿日
2025年08月27日
撮影場所
ムンバイ / インド
ジャンル
食物写真
カメラ
SONY ALPHA 7R V
レンズ
ZEISS BATIS 2/40 CF