ムンバイ(インド)
誰もいない店内にいた男が親しげに手を振ってくれた
人形町(東京)
老舗の和菓子屋
カノマン市場(チルボン)
燦々と降り注ぐ日光は陳列された食材や働いていた人間を生き生き映しだしている
ジャカルタ(インドネシア)
デジタルデータになった写真は、フィルム時代と同じように何十年後にも残っているのだろうか
お店が閉まっていて、日曜日の住宅街に穏やかな空気が漂っていた
代官山アドレス(代官山)
外の様子が写り込んでいるガラス戸の中へ入っていくのを眺めていると、鏡の世界に入っていくようだった
ダムヌン・サドゥアック(タイ)
ダムヌン・サドゥアック水上マーケットの周辺にバンコクに向かうロットゥーの乗り場は無く、1キロほど離れた幹線道路まで行かねばならない
ダムヌン・サドゥアック水上マーケット(タイ)
水上マーケットというのは商品を積んだ舟と買い物客の舟でひしめいているものだと思っていたけれど、ダムヌン・サドゥアック水上マーケットはそうではなかった
クロントゥーイ市場(バンコク)
タイではココナッツをジュースにして飲んだり、ミルクにして料理に使ったりする以外に茎自体も食べたりするらしい
チャトゥチャック市場(バンコク)
BTSモーチット駅からチャトゥチャック市場へ続く道は大混雑していた
チャイナタウン(バンコク)
笹の葉で包まれたちまきを見ると、ここが単なるバンコクの町角ではなく、チャイナタウンの一角であることを実感する
店頭に並べられた容器に栗と銀杏と蓮根が入れられていた
成功市場(台北)
台北の市場で見つけたナッツ売り場で売られていたのは日本でも売られているものばかりだった
大同区(台北)
大同区には茶行が集まっているエリアがあって、茶行巡りをするのに都合がいい
専門家ではないので説明や茶葉を見るだけでは品質を判断するは難しく、手っ取り早いのはお茶を試飲することだった
林華泰茶行(台北)
創業100年を超えるお茶の老舗には大勢の客がいて賑わっていた
白蘭市場(台北)
路上に出ているお店は当然のように建物の出入口の前に店を開いているのだ
迪化街(台北)
迪化街のほとんどが乾物や漢方のお店なのだけれど、中には肉包を売るお店もある
臨江街夜市(台北)
次から次へと包んでいた男は一日にどれくらいの数の生煎包を包むのだろう
日本橋高島屋(日本橋)
老舗百貨店の前の歩道は、店内と同じように閑散としていた
新宿(西新宿)
ヨドバシカメラの「ヨドバシ」は創業者の名字ではなくかつて存在した地名だ
バゴー(ミャンマー)
多くの国で女性の方が男性よりも働き者であることが多いけれど、少なくともこのお店ではちょっと事情が異なっていた
バゴーの子供服店は日本では珍しい閉架式だった
チャウタン(ミャンマー)
店先にキンマの葉がきれいに重ねられて山になっていた
ダニンゴン(ヤンゴン)
壁際にいた男の子だけが僕に気がついていて、訝しげな視線を投げかけていた
ヤンゴン(ミャンマー)
他の東南アジア諸国の都市と比べると、ヤンゴンの華僑はビルマ民族の中にうまく溶け込んでいるように見えた
ミャンマー国民の100人に2人が華僑なのだけれど、見るからに華僑と思わせるような人を見かけることはない
メークロン(タイ)
誰もいない乾物屋でセイリングファンが黙々と回っていた
パーククローン花市場(バンコク)
一般消費者がいない区画は、荷を搬入してきたトラックがいない限りはとても穏やかな空気に包まれていた
サンペーン市場(バンコク)
男は店頭に出したプラスチック製の椅子に腰掛けて、ぼんやりとつっかえ棒の先端の方を眺めていた
プラナコーン区(バンコク)
観光名所である王宮からさほど離れていないものの、この辺を歩いている観光客は少なかった
カオサン通り(バンコク)
太陽と一緒に店員のやる気もどこかへ飛び去っていってしまったかのようだった
千住(東京)
旧日光街道沿いで昔ながらの洋品店が営業していた
西小山(東京)
予想以上に長い商店街の最後の方にあった洋品店がセールを行っていた
武蔵小山(東京)
お店の人の姿は見当たらず、がんもどきだけがが豆腐店であることを静かに主張していた
渋谷(東京)
「音楽なくして人生なし」と書かれた黄色い看板が掲げられていた
店先のスクーター
水仙宮市場(台南)
店員に話しかける女性
台南(台湾)
人気の惣菜屋
玄関先の犬
階段
影
猫
顔
口
無精髭