修学旅行生や外国人観光客でごった返す東大寺の境内を、うんざりしながら歩いていた。世界遺産という立派なお墨付きをもらったせいで、どこもかしこも人だらけである。人混みに流されるまま、東大寺の巨大な大仏殿に足を踏み入れた。見上げるほど巨大な大仏の周りを、観光客たちがぞろぞろと時計回りに歩いている。大仏が大きいことなど今さら驚くような話でもない。僕は大仏本体の威容よりも、その周囲に置かれた細々とした装飾品の方を眺めながら歩いていた。
その細々とした装飾品を眺めながら歩いていると、大仏の御前に置かれた巨大な花瓶が目に入った。蓮の花が活けられた、立派な金属製の花瓶である。その花瓶の飾りに、一匹の蝶々が止まっていた。薄暗い堂内で目を凝らしてよく見てみると、その蝶々の造形がどうにもおかしいのである。本物の蝶々であれば、昆虫だから当然脚は6本であるはずだ。しかし、目の前にある青銅の蝶々には、なぜか脚が8本も生えていた。現実には存在しない、異形の蝶々である。
その異形の蝶々が、なぜ大仏の前という特等席に堂々と飾られているのか。少し気になって調べてみると、はっきりした理由は分からないらしい。分からないからこそ、昔からまことしやかな諸説が飛び交っている。たとえば、この蝶が大仏殿の修復を祝って納められた品であることから、末広がりで縁起が良い「八」にしたという説がある。あるいは、単に職人がうっかり作り間違えただけだという身も蓋もない説まであるのだそうだ。
その単に作り間違えただけだという身も蓋もない説の方が、僕としてはよっぽど人間らしくて腑に落ちる。そもそも神仏の世界を表現するのに、わざわざ生物学的な正確さを求める方が野暮というものかもしれない。とはいえ、ありがたい大仏の足元に、脚の多い不気味な虫が何食わぬ顔でしがみついているという構図は、なんとも人を食っていて面白い。周囲の観光客は誰もそんな足元の異形に気づかず、ただ口を開けて大仏の大きさに感心している。
| 2024年10月 奈良 静物 | |
| 仏像 蝶 奈良市 寺院 翼 世界遺産 |
No
12661
撮影年月
2024年4月
投稿日
2024年10月02日
更新日
2026年05月01日
撮影場所
奈良市 / 奈良
ジャンル
静物写真
カメラ
SONY ALPHA 7R V
レンズ
ZEISS BATIS 2/40 CF