湯島にある湯島聖堂へやって来た。ここは孔子廟であると同時に幕府直轄の学問所である昌平坂学問所であった場所だ。母体となった林羅山の私塾が開設されたのは1690年で、それから明治維新後の1871年までの200年近くの間、当時のエリートたちがここで学んでいたのだ。まあ今でいう東大みたいな場所だったのだろう。昌平坂学問所は筑波大学と御茶ノ水女子大学の源流になっていて、ここは日本の学校教育発祥の地ともされている。教育機関としての役目は終えたものの、孔子廟は今でも同じ場所に建っている。写真の建造物は、その湯島聖堂の本堂とも言える大成殿だ。入り口の上部には大きな扁額が掛けられていた。
東京で孔子廟は珍しい。寡聞にも僕は東京に他の孔子廟があるのを知らない。江戸時代は儒教の一派である朱子学が幕府の公式思想とされていたのにもかかわらず、江戸市内にほとんど孔子廟が残っていないのはちょっと奇異に思えてしまう。そもそも建てられたのかさえも定かではない。庶民は孔子様にお参りしても、実利を得られなさそうなので人気が無かったのかもしれない。そして支配階級の人にとっても、儒教はあくまでも統治するための道具であって、心の底から信じるものではなかったのかもしれない。
2018年10月 建築 東京 | |
ファサード 扁額 寺院 湯島 |
No
10752
撮影年月
2018年3月
投稿日
2018年10月04日
更新日
2024年01月29日
撮影場所
湯島 / 東京
ジャンル
建築写真
カメラ
SONY ALPHA 7R II
レンズ
EF85MM F1.2L II USM