ベトナム南部の町、ミトーの露天市を歩いていると、肉の匂いが漂ってきた。鼻を辿っていくと、一軒の肉屋が現れる。屋台のような簡素な造りで、頭上には日よけ代わりの布が張られ、鉄の棒からは牛肉らしき大きな塊が二つぶら下がっている。真下には秤が置かれ、古風な分銅が秤皿に乗っているのが見えた。
店を切り盛りしているのは若い女性で、派手な柄のシャツに袖をまくり、まな板の上で大きな包丁を振るっている。刃先が落ちるたびに骨を断つ鈍い音が響く。包丁の使い方は実に手慣れたもので、肉を切る動作に一切のためらいがない。こちらがカメラを向けると、彼女は気づいたようで、わずかに視線を落とし、口元に薄い笑みを浮かべた。照れ笑いというより、「まあ撮るなら撮れば」という実務的な表情に近い。
ベトナムの露天市では、肉は冷蔵せず常温で吊るされていることが多い。湿度と気温を考えれば日本人観光客には心配の種だが、地元の人々は朝のうちに買ってすぐ調理するので問題にならないらしい。食中毒の危険を避けるため、肉はしっかり火を通すのが習慣だ。
包丁を握る彼女の背後では、別の店主らしき男が談笑しており、肉屋の周りはゆるやかな空気に包まれている。僕は結局肉を買わなかったが、あの骨を断つ音だけは耳に残り、帰り道までついてきた。
2009年8月 人びと ベトナム | |
肉屋 切る ナイフ 肉 ミトー 若い女性 |
No
3037
撮影年月
2009年3月
投稿日
2009年08月03日
更新日
2025年08月11日
撮影場所
ミトー / ベトナム
ジャンル
スナップ写真
カメラ
CANON EOS 1V
レンズ
EF85MM F1.2L II USM