ベトナム南部の町、ミトーの市場近く。舗道の脇に一本の木があり、その木陰に行商人の屋台が腰を落ち着けていた。屋台といっても、看板も暖簾もない。両端に籠を結びつけた天秤棒を地面に置き、その片方には鍋や器、もう片方には食材や調味料が収まっている。それらの上からビニールの覆いをかぶせているあたり、埃や虫の多いこの土地での商売の知恵だろう。
店主は年配の女性で、地面に腰を下ろし、目の前の客と何やら言葉を交わしている。客のひとりは縞模様のシャツを着た女性で、膝を抱えるようにしゃがみ込み、器を両手で持ち上げている。もう一人の客は、店主とほぼ同じ目線の高さで座り、何やら真剣な表情をしていた。食べているのは麺類か、もち米を使った軽食か。遠目では判別できないが、香りだけは風に乗ってこちらまで届くような気がした。
ふと店主の向こう側に目をやると、そこにも別の行商人が即席の店を開き、客に囲まれている姿が見える。この木陰は、どうやら市場の中でも人気の一等地らしい。もっとも、日向に店を構えるという選択肢は、この灼熱の気温を前にすれば自殺行為に等しいだろう。ベトナムの露天商は、太陽の動きを読む能力にかけては、漁師の潮読みや農家の天気占いと同じくらいの精度を持っているのかもしれない。
ここで供される軽食は、移動手段も簡易な調理器具も、すべてこの天秤棒に収まる程度の量と規模に限られる。それでも、人々はそこで腹を満たし、短い会話を交わし、また去っていく。僕は結局食べずに通り過ぎたが、もしかすると、その判断はこの土地で一番の失敗だったのかもしれない。
2009年8月 人びと ベトナム | |
食べ物の屋台 ミトー 露天商 天秤棒 |
No
3038
撮影年月
2009年3月
投稿日
2009年08月03日
更新日
2025年08月11日
撮影場所
ミトー / ベトナム
ジャンル
ストリート・フォトグラフィー
カメラ
CANON EOS 1V
レンズ
EF85MM F1.2L II USM