皇居前の広場は、東京の中心にありながら不思議なほど静かだ。車の音も遠くに聞こえるだけで、足元の砂利を踏みしめる音が妙に大きく響く。歩くたびに「ジャリ、ジャリ」と鳴るその音が、どこか神社の参道を歩いているような気分にさせる。周囲には高層ビルが見えず、空だけが広く開けているせいだろう。ここだけ時間の流れが少し遅い。
写真に写っている橋は正門石橋。多くの観光客がこの橋を「二重橋」だと勘違いして撮影しているが、実際の二重橋はこの奥にある。いわば“手前の身代わり”のような存在である。とはいえ、この橋も決して地味ではない。明治時代に造られた石造りのアーチ橋で、見事な曲線を描いて堀に映り込んでいる。橋の欄干の上にはクラシカルな街灯が並び、夜にはふんわりと灯るらしい。もっとも、夜にここを歩くことはまずない。何しろ、この橋は行事や国賓来日の時にしか使われない。一般人が渡れるのは、年に数回の特別公開のときだけだ。
僕が訪れた日も、橋の上には人影がひとつもなかった。静かな水面に石橋の影が映り、風が吹くたびにゆらめく。まるで、橋そのものが夢の中にあるようだ。考えてみれば、皇居という場所自体が、現実の中の夢のようなものかもしれない。外から眺めることはできても、決して触れることはできない。東京の真ん中で、最も遠い場所。それがこの正門石橋の向こう側にある。
| 2006年12月 建築 東京 | |
| 橋 皇居 堀 |
No
633
撮影年月
2006年10月
投稿日
2006年12月12日
更新日
2025年10月29日
撮影場所
皇居 / 東京
ジャンル
建築写真
カメラ
CANON EOS 1V