ムンバイの大通りから一本外れた細長い歩道には、なぜか男たちがずらりと腰を下ろしていた。商店の軒先に並んだ椅子に座るわけでもなく、アスファルトの上や持参のスツールに腰掛け、所在なげに時間を過ごしている。インドという国では、働いているのか休んでいるのか、あるいはただ「待っている」のか、その区別が曖昧な場面にしばしば出くわす。考えてみれば、歩道というのは歩くためにあるはずだが、ムンバイではしばしば半分は屋台とバイクに占拠され、残りの半分は人々の生活空間に化けてしまうのだ。
その群れの中に、ひときわ目立つメガネを掛けた男がいた。レンズ越しの視線がこちらを射抜くようで、まるで「お前はいったい何を撮っているのか」と詰問されているようにも思える。僕がカメラを持っているのに気づき、不審そうな顔をするのは彼くらいで、他の男たちは完全に無関心だった。煙草をふかして歩道をうろつく者、足を組んでどこか遠くを見つめる者、あるいはぼんやり空を仰いでいる者。いずれも労働者風ではあるが、彼らが次の仕事を待っているのか、それともただ昼下がりの熱気をやり過ごしているのかは判然としない。
ちなみに、インドの歩道には規則らしいものがあってないようなもので、ここに置かれた椅子や寝転ぶ人々を強制的に排除しようとする役人はめったに現れない。行政の怠慢とも言えるが、同時に生活の柔らかい受け皿のようなものでもある。僕にとってはただの観察対象でしかないが、ムンバイの人々にとっては歩道こそがリビングであり、オフィスであり、時に談笑の場でもあるのだろう。カメラを構えていると、通り過ぎるトラックの騒音にかき消されながらも、この都市の雑然とした日常のリズムだけは確かにそこに響いていた。
2025年8月 インド 人びと | |
眼鏡 男性 ムンバイ 歩道 |
No
12892
撮影年月
2024年5月
投稿日
2025年08月24日
撮影場所
ムンバイ / インド
ジャンル
ストリート・フォトグラフィー
カメラ
SONY ALPHA 7R V
レンズ
ZEISS BATIS 2/40 CF