眼下に線路が一本伸びている。スリランカの鉄道というやつは、その骨格の大部分がイギリスの植民地時代にこしらえられたものだという。当初の目的は、この山岳地帯で採れるコーヒー、あるいは紅茶を、海辺のコロンボまで効率よく運搬し、余さず輸出するためであったらしい。なるほど、茶を運ぶための鉄路かと思えば少々優雅な響きもするが、敷設された鉄の道はどこまでも無愛想で、南国の湿った緑に埋もれそうになりながら、じっと黙り込んでいる。
ぼんやりと線路を眺めていると、遠くのカーブから人影がふらふらと現れ、こちらに向かって悠然と歩いてくるのが見えた。キャンディの街において、鉄路の上を歩くなどという行為は、特筆すべき事件でも何でもない。それどころか、ここでは列車が走る回数よりも、人間が枕木を跨いで歩く回数の方が圧倒的に多いのではないかとさえ疑いたくなる。実際、この国の鉄道は、一日のうち大半の時間を「単なる歩道」として世間に提供しているフシがあるのだ。計算すれば、列車が利用している時間よりも人間が利用している時間の方が、ずっと長いのではなかろうか。これでは鉄道なのか「鉄の縁取りがある散歩道」なのか、定義が揺らぐというものである。
線路の上を歩くのは、靴底を痛めるばかりでなく、本来は危ないはずのことだが、地元の連中は一向に気にする様子がない。一説によれば、ここの枕木の間隔は、人間の歩幅に合わせるには少々不親切に設計されている(実際僕にはとても歩きにくかった)というが、彼らはそんな不便もどこ吹く風、慣れた足つきで砂利を踏みしめていく。もし列車が来れば、その時だけひょいと脇へ退けば済む話だ、と言わんばかりの顔をしている。
| 2008年8月 町角 スリランカ | |
| キャンディ 線路 |
No
1876
撮影年月
2008年3月
投稿日
2008年08月06日
更新日
2026年03月07日
撮影場所
キャンディ / スリランカ
ジャンル
ストリート・フォトグラフィー
カメラ
CANON EOS 1V
レンズ
EF85MM F1.2L II USM