ガラガラの参道を女性が靖国神社の拝殿に向かって歩いていた

靖国神社の日傘
靖国神社の日傘

靖国神社の参道は、驚くほど人影が少なく、東京の真ん中にあるにもかかわらず妙に静けさが支配していた。広々とした石畳の道を、僕はのんびりと散歩していた。その前を、ひとりの女性が歩いている。手にしているのは日傘で、春先の日差しを避けているのか、あるいは単に装いの一部なのか。いずれにせよ、日傘というものは日本では古くから「美白」の象徴であり、江戸時代の浮世絵にもよく描かれる小道具だ。今ではUVカット素材などという科学的な効能を備えた製品が市場を席巻しているが、機能が進化しても使い方は江戸の町娘と変わらない。

女性の向こうには鳥居が立ち、その先に靖国神社の拝殿が見えている。靖国神社は明治二年に創建された比較的新しい神社で、戦没者を祀るという特殊な役割を担っている。東京には数え切れないほど神社仏閣があるが、これほど政治と歴史の影が色濃くまとわりついている場所も珍しい。観光客の中には、その由来を知らずに単なる「立派な神社」として訪れる人もいるが、ここは江戸の鎮守とも浅草寺とも性質が違う。

境内の空気は、奇妙なほどにのどかだ。まるで都会の喧騒が鳥居をくぐった瞬間に遮断されたかのようで、ただ風に揺れる木の葉の音だけが耳に届く。散歩するには申し分のない環境だが、無防備に歩いていると、石灯籠の影からふと英霊が出てきて同行するのではないか、と不埒な想像をしてしまう。もっとも、もし本当にそうなったとしても、彼らにとってもまた「靖国での散歩」は日課の一部かもしれない。東京の靖国神社で日傘を差して歩く女性と、英霊と、そして僕。三者三様の散歩風景が重なるのだから、これは現世と幽界が交錯する、ある種の「東京的滑稽」なのだろう。

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ENGLISH
2011年8月 町角 東京
バック・ショット 九段 神社 鳥居

PHOTO DATA

No

5667

撮影年月

2011年5月

投稿日

2011年08月29日

更新日

2025年08月25日

撮影場所

九段 / 東京

ジャンル

ストリート・フォトグラフィー

カメラ

OLYMPUS PEN E-P2

レンズ

M.ZUIKO DIGITAL ED 14-42MM

日本国内で撮影した写真

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