メークロン線路市場(タイ)
市場内の線路に入ってきた列車
モーチット駅(バンコク)
ハンス・ロスリングが「ファクトフルネス」に書いていたことはタイにも当てはまっていた
チャトゥチャック市場(バンコク)
チャトゥチャック市場はBTSの駅に近い反面、バンコクの中心部までは結構あって、トゥクトゥクに乗るという決断をするには微妙な場所だ
バンコク(タイ)
旅行者が旅先でバスに乗るのはハードルが高いけれど、乗れば地元の人間になったような気分が味わえる
ター・ティヤン桟橋(バンコク)
バンコクでトゥクトゥクに乗っているのは外国からの観光客ばかりのように見える
茅ヶ崎(神奈川)
単線の鉄道を見るとかなり田舎まで旅してきた気分に浸れる
バゴー(ミャンマー)
ミャンマーではオートバイを改造した三輪車をよく見かける
ヤンゴン中央駅(ヤンゴン)
ボロボロの長距離列車というと人が鈴なりになったインドやバングラデシュの列車を思い起こしてしまうけれど、ミャンマーの列車は違うのかもしれない
チャウタン(ミャンマー)
橋のないこの辺りでは大勢の人が木造ボートで河を渡っている
茶色い水を湛えた川を小さな木製のボートが渡っていた
男は力強い顔でサイカという自転車タクシーのペダルを漕いでいた
イェレー・パゴダ(チャウタン)
中洲に建つイェレー・パゴダには渡船に乗らないと渡れない
中洲に建つイェレー・パゴダに参拝客を乗せたボートが向かっていた
インセイン駅(ヤンゴン)
傘の付いた自転車タクシーが僕の前を走りすぎていった
パーヤ・ラン駅(ヤンゴン)
パーヤ・ラン駅に日本から輸入された中古の車両が入ってきた
ダラ(ミャンマー)
ダラ川に架かる橋の袂が木製漁船の係留場所になってた
メコンデルタで見た船と同じようにヤンゴン川の支流に係留されている船にも瞳が描かれていた
フェリー乗り場(ダラ)
小さなボートで大きなヤンゴン川を渡るのもスリルがあって楽しいと思っていると、見透かしたかのように外国人は乗れないと言われた
セーンセープ運河(バンコク)
繁華街ばかりを歩いていると気が付かないけれど、もともとバンコクはチャオプラヤー川のデルタ地帯に造られた水郷だ
バンコクでもベスパは人気のようで、ホンダやヤマハのバイクと同じくらいよく見かける
メークロン駅(メークロン)
メークロン線の列車はゆっくり走るので、バスやロットゥーに乗った方がずっと早くバンコクにたどり着く
メークロン線路市場に列車が入ってきて沸き立つ観光客とは裏腹に、商店主はうんざりした顔をしていた
日差しはあまり差し込んでこない路地にも雨粒だけはしっかりと入り込んでいて、路面はしっかり濡れていた
カオサン通り(バンコク)
すでにカオサン通りはバックパッカーのための通りではなく、単なる旅行者の向けの歓楽街になっている
多くの安宿がカオサン通りの辺りに出現するきっかけになったのは1983年のバンコク遷都200年記念祭だったらしい
観光にバスはうってつけの交通手段なのだけれど、旅行者が利用するにはハードルが高い
プラナコーン区(バンコク)
写真を撮ってばかりいないでトゥクトゥクに乗りなよ、と言われているような気がした
藤沢(神奈川)
出発していくバスを見続けていると、ヘモグロビンを連想してしまった
記念艦三笠(神奈川)
連合艦隊旗艦を努めた戦艦三笠の実物は思ったよりもずっと小さかった
御徒町(東京)
第二次世界大戦中に空爆を受けて焦土になってしまったこの土地に、闇市が立ったのが今イメージするアメ横の発祥なのだそうだ
浅草橋(東京)
タグボートはどこかに急ぐようにさざ波を立てながら進んでいた
中目黒(東京)
薄暗いプラットホームだけを見ていると、まるで地下鉄の駅にいるような錯覚を覚えた
静かで落ち着いた空気が漂っている路地に、場違いのようなオープンカーが停まっていた
日本橋(東京)
路地に駐められた配達用のスーパーカブを眺めていると時間が停まっているかのような錯覚に陥る
浅草(東京)
人力車は外国人にとっては異国情緒を味わう手段であり、日本人にとっては郷愁を誘う乗り物なのだろう
東向島駅(東京)
小さな東向島駅に停車しない特急列車はプラットホームを軽やかに通り過ぎ、あっという間に消えていった
1958年に製造された日光軌道203号という車両が東武博物館の屋外に展示されている
迪化街(台北)
黄昏には郷愁に浸らせる力があるような気がした
台南(台湾)
青信号に変わると、バイクが一斉に動き出すという予測可能な流れに少し退屈さを覚えてしまった
赤嵌楼(台南)
台湾では老いも若きも原チャリにまたがって移動している
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