外国をほっつき歩いていると、現地の言葉を操れればもっと旅が楽だろうに、といつも忌々しく思う。ここベトナムの首都ハノイであっても事情は同じだ。外国人が群れる旧市街のホテル周辺ならいざ知らず、少し外れた庶民的なエリアに迷い込むと、僕の拙い英語など犬も食わない。そもそもベトナム語というやつは声調が6つもある厄介な言語で、ちょっとやそっとの付け焼き刃で通じるような代物ではないらしい。言葉の通じない異国で円滑にコミュニケーションを図ろうなどと企むこと自体、ひどく骨の折れる徒労なのだ。
その言葉の通じないもどかしさを、いやというほど味わわされたのが、この写真を撮影した場所である。観光客など寄り付かない市場の近くの路地裏で、ストリートフォトグラフィーを気取ってカメラをぶら下げていた時のことだ。道端で得体の知れない惣菜を並べている行商の女性たちが、示し合わせたように同じ方向へと首を伸ばし、何やらやかましく話し込んでいる。その真剣な眼差しと、指を差す様子を見れば、視線の先で何らかの揉め事が起きていることくらいは、言葉が通じなくとも容易に察しがつく。
揉め事が起きていると分かれば、野次馬根性がうずくのが人情というものだ。日本であれば、その辺の暇そうな人間に尋ねて、事の顛末をしたり顔で聞き出すところである。しかし、あいにくここはハノイの道端であり、僕はベトナム語の挨拶すら怪しい異邦人に過ぎない。女性たちの輪に飛び込んで尋ねたところで、ちんぷんかんぷんな音が返ってくるだけである。目の前で面白い事件が起きているのに、その真相に1ミリも近づけないというもどかしさは、ひどく精神衛生上よろしくない。
もっともハノイにもインターネットに繋がる電波が飛び交っているのだから、翻訳アプリを使えばいいのだと思う人もいるかもしれない。でもそうすると仰々しくなって、さり気ない日常のひとこまから逸脱してしまうような気がして、小心者には使うタイミングが図れない。結局、もやもやとした欲求不満を持て余した僕にできることと言えば、野次馬と化している彼女たちの滑稽な姿を、無言でファインダーに収めることだけだった。
| 2026年3月 人びと ベトナム | |
| ハノイ 指差し 露天商 計量器 女性 |
No
12896
撮影年月
2025年3月
投稿日
2026年03月22日
撮影場所
ハノイ / ベトナム
ジャンル
ストリート・フォトグラフィー
カメラ
SONY ALPHA 7R V
レンズ
ZEISS BATIS 2/40 CF