韓国の古都、慶州の市場を歩いていると、肉屋の店先にずらりと豚の顔が並んでいた。まるで陳列用のマネキンのように整然としていて、しかもどれも微笑んでいるように見える。市場の喧騒の中で、この笑顔だけが不自然に静かだ。いったい、こんなに大きな頭を丸ごと買ってどうするのだろう。まな板に乗せるにも一苦労だし、もし自宅の台所にこれを置いたら、家族の誰かが悲鳴を上げるに違いない。
それでも、並んでいるということは需要があるのだろう。調べてみると、韓国では豚の頭は祝い事や法事に欠かせない食材らしい。沖縄の「チラガー」と同じで、豚の顔は丸ごと煮たり焼いたりして食べる。チラガーは皮を柔らかく煮て、酢味噌や唐辛子で味わうが、こちらでは塩茹でやスープにするのが一般的だという。人間とは恐ろしいほど順応的な生き物である。見慣れぬものも、文化の中にあれば美味に変わるのだ。
しかし、目の前の豚の顔たちはどうにも陽気だ。鼻はつやつやと光り、口元には微笑が張りついている。もしかしたら、死を悟った瞬間に悟りでも開いたのかもしれない。仏像よりも安らかな表情をしているようにも見える。だが、あまり長く眺めていると、こちらのほうが妙な気分になってくる。笑う死者ほど、恐ろしいものはない。
| 2008年10月 食べ物 韓国 | |
| 食材 慶州 頭 市場 豚 |
No
2144
撮影年月
2008年7月
投稿日
2008年10月27日
更新日
2025年10月24日
撮影場所
慶州 / 韓国
ジャンル
食物写真
カメラ
CANON EOS 1V
レンズ
EF85MM F1.2L II USM