目黒駅から目黒通りを南下すると、すぐに坂になる。権之助坂だ。随分古臭くていかつい名前だが、これは元禄時代に実在したとされる菅沼権之助という人物に由来している。この人は権之助坂を開いた人物だとか、周辺の百姓が重たい年貢に苦しんでいるのを気の毒に思い幕府に年貢の軽減を嘆願したため処刑されることになっただとかの謂れのある人物だ。
かなり昔のことなので、菅沼権之助が実際にどのような人物だったのかは今となってはよくわからない。しかしながら権之助坂が旧来の江戸市中と目黒を結ぶ主要道路が狭くて急で不便であったために後から造られたのは本当だ。
面白いことに、不便だとされた道路も今でもきっちり残っている。権之助坂と並行するように走る行人坂だ。確かにここは幅も狭く、傾斜もきつい。舗装されていない時代には晴れていても登るのは大変だっただろうし、雨の日にはもっと大変だったに違いない。
そんな細い坂道の脇に大圓寺という仏教寺院が建っている。行人坂と同じように地味な存在であるものの、1624年の創建と歴史はそこそこ古い。狭い境内に足を踏み入れると、一角に多くの地蔵が建っているのが目に入る。これは1772年に発生した大圓寺を火元とする明和の大火の犠牲者を供養するために建てられたものだという。
ここ大圓寺から出火した炎は麻布や京橋、日本橋を越え、神田や千住まで燃え広がったそうだ。死者は1万4700人にものぼったことを考えると、境内に建つ地蔵はちょっと少ないようにも思えてしまう。
2021年8月 静物 東京 | |
地蔵 目黒 寺院 |
No
12012
撮影年月
2021年2月
投稿日
2021年08月28日
更新日
2023年08月18日
撮影場所
目黒 / 東京
ジャンル
静物写真
カメラ
RICOH GR III