ヤンゴン環状線の電車が、がたごと音を立てて駅に停車した。僕の隣に腰掛けていた男の子は、肘をだらりと窓枠に引っかけながら、車窓からプラットホームをじっと眺めていた。こちらの電車にはもちろん冷房などという近代的な装置はなく、窓はすべて全開にされ、熱気と埃と共に湿った風が容赦なく車内へ吹き込んでくる。僕も男の子の真似をして窓の外に目をやった。
プラットホームの光景は、観光ガイドが推奨するミャンマーらしい「素朴な日常」とは随分かけ離れていた。黄色や緑色に塗られたコンクリート製のベンチには、だらしなく横になっている男や、膝に肘を置いてうなだれる若者が見える。立っている者も腰に手を当て、まるで暑さに降参した兵士のようだ。彼らは列車に乗るでも降りるでもなく、ただそこに居座っているように見えた。駅とは移動の拠点であるはずだが、ヤンゴンのこの駅では「動かないこと」が日常らしい。
思えば、このヤンゴン環状線自体が奇妙な存在だ。都市をぐるりと一周するが、時間はやたらかかり、遅延はもはや予定のうち。乗客は急ぐことを諦めていて、電車は人を運ぶというより、停車するたびに人々を風景として車窓に見せる装置のようでもある。プラットホームに積まれた新聞の束も、読むためというより重石としてそこに鎮座しているように見えた。
蒸し暑さに汗を拭いながら、ふと考えた。彼らは単に涼んでいるのか、それとも時間そのものを持て余しているのか。どちらにせよ、この停車場に満ちる停滞感は、観光客の感動を呼ぶ類のものではなく、むしろ「電車を待たない人々」という逆説的な見世物として、ヤンゴンの大いなる混沌を端的に表していた。
2012年9月 町角 ミャンマー | |
ベンチ 車窓 プラットホーム 列車 ヤンゴン |
No
6764
撮影年月
2010年3月
投稿日
2012年09月01日
更新日
2025年09月03日
撮影場所
ヤンゴン / ミャンマー
ジャンル
ストリート・フォトグラフィー
カメラ
RICOH GR DIGITAL