鎌倉駅からバスに乗れと、観光案内か何かには書いてあるらしい。だが、他人の指図に従って混み合うバスに揺られるなど真っ平御免である。僕は迷路のような住宅街の細い道を、わざわざ歩いて抜けることにしている。他人の家の生垣を横目に、日陰の路地を当てもなくうろつく方が、よっぽど暇つぶしにはちょうどいい。そうして時間を無駄に費やしながら歩いているうちに、やがて視界が開けて材木座海岸へと辿り着く。
その辿り着いた材木座海岸は、見事なまでに閑散としていた。波打ち際には人気がなく、どんよりとした灰色の空の下で波が単調な音を繰り返しているだけだ。僕は砂浜に立ち、ぼんやりとその退屈な景色を眺めていた。すると、一人の男が波打ち際をとぼとぼと歩いてくるのが見えた。手には何本かの釣り竿を持ち、肩からは四角いクーラーボックスを下げている。いかにも釣りの帰りといった風情だが、その足取りはやけに重く、首は深くうなだれていた。クーラーボックスが空っぽで、ただの一匹も釣れなかったことは想像に難くない。休日の早朝から骨折り損を演じた男の後ろ姿には、同情よりもむしろ滑稽さを感じてしまう。
その滑稽な釣り人の背中を見送っていると、ふと余計なことが頭に浮かんだ。英語で釣りをする人間を指す言葉には、「Fisherman」と「Angler」の二つがある。「Fisherman」は魚を獲る人だから分かりやすいが、「Angler」の方はどうにも馴染みがない。調べてみると、この言葉の語源は印欧祖語の「ank」に遡るらしい。「曲がっていること」を意味する言葉で、要するに釣り針のことだ。ちなみに、足のかかとを意味する「ankle」も同じ語源である。つまり「Angler」とは、「曲がった釣り針を使う人間」という意味になる。魚の有無に関わらず、ただ曲がった針を水に垂らして徒労に終わる者の称号としては、なるほど「Angler」の方がふさわしいのかもしれない。
| 2010年11月 神奈川 人びと | |
| ビーチ 釣り人 釣り竿 鎌倉 |
No
4853
撮影年月
2010年5月
投稿日
2010年11月17日
更新日
2026年05月01日
撮影場所
鎌倉 / 神奈川
ジャンル
スナップ写真
カメラ
CANON EOS 1V
レンズ
EF24MM F1.4L USM