旧東海道からちょっと入ると、思いかけず大きな空間が広がっていた。ここは品川宿の北端に建つ浄土宗法禅寺の境内だった。歴史ある仏教寺院なのだけれど、境内は閑散としていて参拝客の姿はどこにもない。石畳の参道の先に本堂が建っているだけだ。何かの現世利益を謳って参拝客を増やそうとか、法然上人坐像や阿弥陀如来坐像など所有する文化財を目玉にして多くの人が訪れるようにしようとか、欲を感じさせるものは何もない。とても質素な趣の仏閣だ。
ひっそりした本堂に近づくと、静かな境内に不釣り合いな笑い声が聞こえてきたような気がした。声の主は本堂の前にさりげなく立つ布袋尊の像だ。もちろん石造りの像が笑い声をたてているわけではない。けれど、聞こえてもおかしくないと思うくらい良い顔で笑っていたのだ。
布袋様のモデルは唐代末から五代時代に実在したとされる伝説的な仏僧だ。太鼓腹でいつも大きな袋を持ち、町中を彷徨しながら喜捨を求め、もらい物をその大きな袋に入れていたのだという。その姿は風変りであったものの、人びとを満ち足りた気持ちにさせる不思議な力を持っていたため、絵画や詩文に描かれるようになったようだ。
それがどのようにして日本の七福神のひとつに加えられたかは明らかでない。いずれにしても法禅寺に立つ布袋様の笑顔は楽しいから笑うのではなく、閑散とした境内であっても笑うから楽しくなってくるのだと教えられる笑顔だった。
2021年5月 静物 東京 | |
大笑い 神 品川 像 寺院 |
No
11911
撮影年月
2020年8月
投稿日
2021年05月19日
更新日
2023年08月22日
撮影場所
品川 / 東京
ジャンル
静物写真
カメラ
RICOH GR III