ムンバイ(インド)
鮮やかな水色のサリーを纏ったお母さんが率いる家族連れもじっと電車を待っていた
電車がいつ来るのか不安なのは僕だけではなかった
十条駅(十条)
戦後もだいぶ経ってから生まれた僕にはピンとこないけれど、東京の赤羽や十条の辺りはかつて軍都だったところだ
熊谷駅(熊谷)
スマホが普及しても、困ったときにスマホではなく誰かに話しかけるのが今でも妙案なのは変わらない
茂林寺前駅(館林)
茂林寺の横にある茂林寺公園にはあるのは沼と低地湿だ
群馬八幡駅(高崎)
群馬八幡駅のレンタル自転車は他のところで乗り捨てできない
京成佐倉駅(佐倉)
日本帝国陸軍の軍都だった佐倉が文化都市に変わった理由とは?
千葉みなと駅(千葉市)
県庁所在地名と県名は違っていた方がいいと思うときも同じであった方がいいと思うときがある
小金城趾駅(松戸)
単線の流鉄流山線は小金城趾駅で電車がすれ違う
川越市駅(川越)
川越には似たような名前の駅が複数あってややこしい
豪徳寺駅(豪徳寺)
ワンマン運転になったら、電車から車掌の姿が絶滅してしまうのかもしれない
藤沢駅(藤沢)
江の島エスカーはエスカレータであるものの、下りのエスカーというものはない
犬吠駅(銚子)
ポルトガルの宮殿風建築とはなんだろう
外川駅(銚子)
電車の中で車掌の姿を見かけると懐かしく感じるのだった
府中本町駅(府中)
府中本町駅のプラットホームの壁にはデジタルサイネージはおろかポスターの類いも何もない
青物横丁駅(品川)
蒲田辺りで収穫された野菜を売っていた横丁の名前が青物横丁駅の語源になっている
新馬場駅(品川)
朝の通勤時間帯に新馬場駅に停まる電車は少ない
品川駅(品川)
京急品川駅のプラットホームの床は情報過多になっている
平塚駅(神奈川)
グリーン車の1階から見えるプラットホームは、いつもと違って見える
池ノ上駅(渋谷)
井の頭線の池の上駅は各駅停車の電車しか停車しない小さな駅だ
チルボン駅(チルボン)
インドネシア語はマラッカ海峡の交易語であった海峡マレー語を、オランダからの独立運動の中で民族の統一言語としたものだ
特急列車は300キロ離れているジャカルタとチルボンを3時間程度で結んでいる
バンコク(タイ)
マハーチャイ線のプラットフォームで若いカップルがこっそりデートを楽しんでいた
マハーチャイ駅(マハーチャイ)
マハーチャイの薄暗いプラットフォームにはやかましいアナウンスが流れることもなく、穏やかな空気が漂っていた
新橋駅(新橋)
新橋駅のこちらとあちらのプラットホームにひとりずつ立っていた
夕暮れ時の新橋駅ではそれぞれが誰かと話すわけでもなく、無言で電車が来るのを待っていた
目黒駅(目黒)
スマホを見ているわけでもないのにサラリーマンが俯いて電車を待っていた
今の新橋駅は鉄道発祥の地である新橋駅ではないし、SL広場にある機関車はこの辺りを走ったことのない機関車だ
ヤンゴン中央駅(ヤンゴン)
ヤンゴン中央駅のプラットフォームで子どもたちが遊んでいた
パーヤ・ラン駅(ヤンゴン)
アナウンスもなく、耳に入ってくるのは雨音だけのパーヤ・ラン駅で大勢の人が列車を待っていた
オークポースー駅(タニン)
利用客の数に比べて多いと思う数のベンチが設置されていて、ところどころに地元の人が腰を下ろしてのんびりしていた
ダニンゴン駅(ヤンゴン)
ダニンゴン駅のベンチには大勢の買い物客が腰を下ろしていた
プラットホームは野菜を売る行商人でいっぱいになっていた
インセイン駅(ヤンゴン)
インセイン駅ではビルマ数字でホーム番号が表されていた
ヤンゴン(ミャンマー)
プラットホームにカップルとランチボックスを抱えた人が立っていた
プラットホームにある屋台は賑わっていた
パーヤ・ラン駅のベンチで鮮やかな服をまとった女性が列車を待っていた
マハーチャイ駅はターミナル駅で、ここから始まった線路がバンコクまで伸びている
パヤータイ駅(バンコク)
パヤータイ駅から王宮エリアはまだ遠い
横須賀中央駅(横須賀)
横須賀中央駅で鮮やかな赤いスカートとピンヒールをまとった女性も電車を待っていた
城郭
信号
猫
扁額
歩行者
線路