大久保駅の改札を北口から出てまっすぐ進むと、すぐに大久保通りに行き当たる。大久保というと韓流スターや韓流コスメ、グルメ一色になっているイメージがあるけれど、それは新大久保駅から山手線の内側に向かっての話で、大久保駅周辺の異国情緒は強くない。
そもそも大久保駅があるのは住所でいうと百人町で大久保ではない。ちなみに新大久保駅があるのも百人町で大久保ではない。ちょっとややこしい。そもそも大きな低地(窪地)であったことから大久保と呼ばれるようになった地名より、内藤清成が率いていた伊賀組百人鉄砲隊の屋敷があったことに由来する百人町という地名の方が格好いいと思うのだけれど、百人町の扱いはぞんざいだ。
将軍が寛永寺や増上寺に参拝する際に山門前を警備したという伊賀組百人鉄砲隊の歴史を感じさせるものは大久保駅周辺にない。線路のガード下に描かれた大きな壁画が唯一のものかもしれない。武将の合図で一斉射撃する鉄砲隊の姿が描かれている壁画だ。信号待ちをしながら道路の反対側に描かれている勇ましい鉄砲隊の勇姿を見ようと壁画に目を向けると、その大部分は影に覆われてしまってよく見えなかった。
2021年9月 町角 東京 | |
大久保 横断歩道 影 信号 |
No
12020
撮影年月
2021年2月
投稿日
2021年09月05日
更新日
2023年08月10日
撮影場所
大久保 / 東京
ジャンル
ストリート・フォトグラフィー
カメラ
RICOH GR III