浅草通りを、上野から浅草へ向けて歩いていた。陽光は穏やかでありながら、その底には、どこか夏の名残のような力強さが感じられた。このような光が降り注ぐ昼下がりには、通りを歩く人々の足取りもまた、どこか軽やかになるものだ。自分の足元さえも、その光に引き上げられるように感じられる。
通りの向こう側に、ふと目を引く建物があった。石造りの堅牢な外観を持つその建物は、一見してただの古い店のようでありながら、よく見るとその表情には、長い時を生き延びてきた者だけが持つ深い皺が刻まれているように見えた。戦前に建てられたものであることは容易に推測できたし、戦災を耐え抜いたのだろうことも想像に難くない。この街が背負ってきた歴史の痕跡が、建物の隅々にまで染み込んでいるかのようだった。
こうした建物が、この一帯にはまだ点在している。それらは、目には見えぬけれど確実にこの土地の記憶を担う存在であるように思われる。しかし、目の前のそのお茶屋はシャッターを閉ざしていた。無機質な鉄の幕が降ろされている姿は、かつてこの建物が担っていた営みを遮断し、過去を切り取ったようでもあった。それは、ただの静けさというよりも、むしろ沈黙そのものであった。
そのとき、店の前を人影が横切った。逆光の中で一瞬だけその姿が際立ち、すぐにまた光の中に溶け込んでいった。人影が消えた後も、建物の前に漂う空気には何かが残されているように感じられた。かつてこの建物が見つめてきた幾多の人々の営みが、影の中に一瞬だけ形を成したかのようだった。
浅草通りに点在するこうした建物たちは、単なる遺物ではない。それらは、ここを訪れる者に無言の問いを投げかけている。この街が失い、また守り続けてきたものは何か。この建物は何を見てきたのか――その問いに対する答えは、もしかするとこの通りを歩きながら感じ取るほかないのかもしれない。
2017年6月 町角 東京 | |
浅草 シャッター シルエット |
No
10188
撮影年月
2016年11月
投稿日
2017年06月24日
更新日
2024年11月26日
撮影場所
元浅草 / 東京
ジャンル
ストリート・フォトグラフィー
カメラ
SONY ALPHA 7R II
レンズ
SONNAR T* FE 55MM F1.8 ZA