インドの大都市ムンバイには、ドービー・ガートと呼ばれる巨大な洗濯場がある。観光ガイドには必ずといってよいほど載っている名所で、屋外に無数の洗濯槽が並び、男たちが水に浸かった布を叩きつける光景は圧巻というより、ただひたすら日常の労働である。白いシャツからカラフルなサリーまで、あらゆる衣類がここで洗われ、そして天日干しにされる。洗濯物はシーツや布地が多いせいか、狭い通路が布の壁と化し、そこを人がすり抜ける姿がまた一種の迷路のように見える。
この洗濯場の労働者は、カースト制における特定の階層、いわゆる「洗濯を生業とする人々」の末裔とされる。インド憲法ではカースト制は廃止されて久しいが、職業と姓には歴史の名残がしぶとく残っている。ドービー(洗濯人)という言葉自体が、その起源を如実に示している。観光客はカメラを構え、労働の様子を物珍しげに覗き込むが、ここで働く人々にとっては生計を支える現場にすぎない。
屋根のない洗濯場ゆえ、スコールのような雨が突然降ればすべてが台無しになるだろう。しかし、そんなリスクも込みで成り立っているのがこの都市の生活のリズムだ。ムンバイは金融都市であり映画の都でもあるが、その華やかさの裏側で、こうした手仕事が町全体の清潔を支えている。僕の前を通り過ぎた男も、ただ干された布の迷路を歩いているだけなのに、まるで舞台の一場面の登場人物のように見えた。
2011年3月 町角 インド | |
バック・ショット 洗濯物 ムンバイ |
No
5247
撮影年月
2010年9月
投稿日
2011年03月02日
更新日
2025年09月09日
撮影場所
ムンバイ / インド
ジャンル
ストリート・フォトグラフィー
カメラ
CANON EOS 1V
レンズ
EF85MM F1.2L II USM