武蔵小山の飲み屋街は、戦後の闇市を源流に持つといわれ、路地裏にはまだ木造二階建ての古い建物が残っている

路地を歩く男と女
路地を歩く男と女

武蔵小山駅を出て少し歩くと、東京の下町らしい風情を色濃く残した飲み屋街が現れる。この一角には細い路地が縦横に走り、昼間はやや心許ない静けさに包まれている。しかし夜になれば赤提灯が灯り、酔客が路地の幅を持て余しながら歩くのだろう。昼の姿を見れば廃墟の予行演習のようだが、夜の姿を想像するとそれはそれで賑やかな生態系の一部に思えてくる。

路地を歩くのは二人の人物だった。手前の若い女性は帽子を深くかぶり、スマートフォンに目を落としたまま歩いている。歩きスマホというのは日本全国どこでも見られる光景で、もはや現代の風俗資料館に収蔵すべき一種の「文化財」かもしれない。少し後ろには白いジャンパー姿の男がいて、こちらは携帯どころか道行きを注意深く見据えている。だが、足早に歩いているように見えるのは錯覚かもしれない。実際にはただ、狭い路地の圧迫感が彼を急がせているのかもしれぬ。

雑学をひとつ。武蔵小山の飲み屋街は、かつて東京でも屈指のアーケード商店街「パルム」に隣接して発展した。戦後の闇市を源流に持つといわれ、路地裏にはまだ木造二階建ての古い建物が残っている。よく見れば電線が空を蜘蛛の巣のように覆い、文明の粋と混沌が同居している。こうした街並みはしばしば観光資源として再評価されるが、地元の人々にとっては単なる生活の背景にすぎない。僕のような旅人がカメラを構えて路地に首を突っ込むのは、冷やかし半分、研究半分といったところだ。

とはいえ、歩きスマホの彼女も、足早の彼も、僕に気を留める様子はない。むしろ、こちらの存在など最初から計算に入っていないような自然さが、この路地の風景を一層日常的にしている。異邦人の僕がひとり、写真を撮りつつうろつく姿のほうが、よほどこの飲み屋街の景観を乱していたに違いない。そう思うと、内田百閒よろしく「この町の猫にでも嗤われていそうだ」とひとりごちてみた。

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ENGLISH
2011年5月 町角 東京
路地 帽子 武蔵小山

PHOTO DATA

No

5485

撮影年月

2010年12月

投稿日

2011年05月30日

更新日

2025年08月24日

撮影場所

武蔵小山 / 東京

ジャンル

ストリート・フォトグラフィー

カメラ

RICOH GR DIGITAL

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