ナシークの街を歩いていると、こちらをじろじろ眺めてくる子どもや若者たちにたびたび遭遇する。インドでは見知らぬ人間がカメラをぶら下げて歩いていると、それは格好の見世物になるらしい。目の前の少年たちも、遊びをやめて一斉に僕を取り囲んだ。好奇心というのは彼らのもっとも得意とする遊具で、石けりや竹馬よりもよほど長持ちするようだ。手前の二人は腕を組み、まるで「撮るなら撮ってみろ」とでも言いたげな顔つきである。こういう姿勢は、大人になると上司や政治家に向けられるものだが、今はただカメラのレンズに向かって繰り出されているにすぎない。
ナシークは古来より宗教儀式の場であり、ガンジス川支流のゴーダーヴァリ川が流れる聖地とされる。だが子どもたちにとっての「聖地」は、きっと路地裏や階段の踊り場のような場所で、そこでは学者の説法よりも、異国人が持つ黒いカメラのほうがよほど珍しい。インドでは義務教育制度が整備されているが、学校から解放された子どもやたちが町中で群れを成す姿は日常風景である。彼らの好奇心は、教育課程に収まりきらない自由研究のようなもので、僕はその標本として一時的に捕獲されたのだろう。
シャツの襟をだらしなく垂らした子、わざと変顔をしている子、そして後ろで笑いをこらえている子。僕にとっては一瞬のスナップにすぎないが、彼らにしてみればちょっとした事件であり、あとで友人や親に「今日は外国人の写真に写った」と報告するかもしれない。もっとも、写真に撮られたところで将来が変わるわけでもなく、彼らの好奇心はまた次の通りがかりの旅行者へと向けられるのだろう。僕はその場を離れながら、インドの太陽よりも強烈な、この無邪気な視線の束にしばし困惑していた。
2011年5月 インド 人びと | |
視線 こども ナシーク |
No
5484
撮影年月
2010年9月
投稿日
2011年05月29日
更新日
2025年08月19日
撮影場所
ナシーク / インド
ジャンル
ストリート・フォトグラフィー
カメラ
CANON EOS 1V
レンズ
EF85MM F1.2L II USM