ムンバイの住宅密集地を歩いていた。
さっきまで僕のまわりで騒ぎ立てていた子どもたちの声は、いつの間にか遠ざかっていた。どこか別の路地へ駆けていったのだろう。急に訪れた静けさに、街のざわめきが薄くなっていく。代わりに、陽射しだけが容赦なく僕の肩を叩いていた。
路地の途中、道ばたに何か大きな袋が転がっているのが見えた。中身は分からない。布の端が風に揺れていた。
そのすぐ横に、タンクトップ姿の男が立っていた。男の頭には、つばの広い帽子が影を落としていた。まるでメキシコで見かけたソンブレロのようだった。
ムンバイの太陽は、冗談の通じない太陽だ。
照り返す光は肌を焼き、額の汗は次第に首筋へと流れ落ちていく。けれど、この灼熱のなかで、帽子をかぶっている人は驚くほど少ない。ほとんどの人びとは、顔をしかめるわけでもなく、ただ無造作に陽射しを浴びながら通りを歩いていた。帽子どころか、日傘を差す人などまったく見かけない。
そういえば、と僕は思い出す。
インドでは、傘というものはあまり日常の道具として使われていないのだ。かつて傘は権威の象徴だった。王や神の頭上を守る特別なもの。一般庶民にとっては縁のない"道具"だったのだ。
現代に入っても、その感覚はどこかに残っているのかもしれない。雨季になれば、空から容赦なく雨が降る。だが、それでも多くの人は傘を差さない。彼らは雨が降れば濡れる。そして、雨が止むまで、ただ静かに雨宿りをするのだ。
帽子の男は、そんなインドの風景のなかで、ぽつんと浮いていた。けれど、彼が帽子のつばの奥で何を思いながら立っていたのかは、僕には分からなかった。ただ、炎天下の路地で、袋のそばに立ち尽くしていた。
2025年3月 インド 人びと | |
縁のある帽子 ムンバイ ソンブレロ タンクトップ |
No
12852
撮影年月
2024年5月
投稿日
2025年03月28日
撮影場所
ムンバイ / インド
ジャンル
ポートレイト写真
カメラ
SONY ALPHA 7R V
レンズ
ZEISS BATIS 2/40 CF