ムンバイの町を歩いていると、不意に人の集まりに出くわすことがある。
ある時もそうだった。小さな広場のような一角、路地に面したスペースに、地元の人々が思い思いの姿勢で腰を下ろしていた。誰かと他愛ない話を交わしている者もいれば、携帯電話の小さな画面に視線を落とし、ゆるやかに時間を消費している者もいた。彼らは僕の存在に気づいていた。けれど、誰も過剰な関心を示すことはなかった。ちらりと視線を投げかけてきたものの、それは品定めでもなく、歓迎でも拒絶でもない。好奇と無関心の、ちょうどあいだにあるような、湿度を感じさせない目線だった。
その空気に、僕は少しだけ肩の力を抜いた。適度な距離感というものは、旅先では得難い安心を与えてくれる。気を良くして、さらにその奥へと歩を進めると僕は思わぬ歓迎を受けることになった。
子どもたちだった。
僕の姿を見つけるなり、彼らは声にならない歓声をあげて駆け寄ってきた。年齢も服装もばらばらな、十人ほどの少年少女。言葉は通じない。けれど、瞳の奥に宿った光が、彼らの意図を語っていた。僕の手に握られたカメラ。それを見て、彼らは写真を撮ってほしいのだと訴えていた。
「オーケー」と、無意識に日本語でつぶやきながら、僕はゆっくりとレンズを構えた。
子どもたちは、一斉に笑顔を咲かせた。ある子は胸を張り、ある子は得意げにピースサインを掲げた。シャッターの音が、乾いた路地に心地よく響く。そこには、混じり気のない喜びがあった。言葉も、文化も、何もかもが違うはずなのに、カメラの前ではただ無邪気な子どもたちと、それを見守る旅人という関係だけが残った。
だが、ファインダーの中に、一瞬違和感が走った。
ひとりだけ、笑っていない少年がいた。
彼もまた、こちらを見ていた。だが、その視線は周囲の子どもたちとは違っていた。わずかに眉間にしわを寄せ、口元を固く結んだまま、じっと僕を見つめていた。表情の奥に、冷静な観察者のような気配があった。
警戒、といってもいいかもしれない。彼の視線は、カメラを構えた異邦人が何者なのかを見極めようとしていた。好奇ではなく、猜疑。楽しげな騒ぎのなかにあって、彼だけが僕の存在を測りかねていた。
2025年3月 インド 人びと | |
こども ムンバイ ピースサイン 笑顔 疑念 |
No
12851
撮影年月
2024年5月
投稿日
2025年03月27日
撮影場所
ムンバイ / インド
ジャンル
ストリート・フォトグラフィー
カメラ
SONY ALPHA 7R V
レンズ
ZEISS BATIS 2/40 CF