ヤンゴンの午後は、陽射しがゆっくりと地面に沈み込んでいくような時間だった。通りを歩いていると、道端にひとりの男が腰を下ろしていた。タンクトップを着ていて、肌には汗のあとが筋のように浮かんでいた。
男の前には、石でできた大きな挽臼があった。彼は、たぶん乾燥させた唐辛子か、その類いのものを、淡々とすり潰していた。まるで世界にはそれ以外に何も存在していないかのように、彼は静かに手を動かし続けた。リズムがあるわけでもない。ただ、必要なだけの圧と時間とが、そこにあった。
その動きを見ているうちに、音が聞こえてくるような気がした。擦れる音、砕ける音、香りの粒子が小さくはじけるような音。もちろん実際には通りの喧騒がすぐ横にあって、クラクションの音や犬の鳴き声が混じっていたはずだけれど、僕の耳には彼の動作だけが残っていた。
しばらくして、石の上には赤褐色のペーストがしっとりと盛られていた。それはどこか肉体の記憶のようでもあり、言葉にできない時間の塊のようでもあった。
彼がそれを料理に使うのか、それとも売るのか、あるいはまったく別の目的があるのか、僕にはわからなかった。でも、それはどうでもいいことのように思えた。彼がそこで挽いていたのは、スパイスであり、時間であり、あるいは世界そのものだったのかもしれない。
2010年7月 ミャンマー 人びと | |
男性 香辛料 石 タンクトップ ヤンゴン |
No
4377
撮影年月
2010年2月
投稿日
2010年07月25日
更新日
2025年06月11日
撮影場所
ヤンゴン / ミャンマー
ジャンル
スナップ写真
カメラ
CANON EOS 1V
レンズ
EF85MM F1.2L II USM