ピイの町を歩いていると、竹を編んだ壁の家の玄関先に、ひとりの女の子が腰を下ろしていた。年の頃は十歳前後だろうか。右手には場違いなほど立派な金槌を握り、まるで日曜大工の休憩中といった風情で、こちらをじっと見つめている。目の周りと頬にはミャンマー特有のタナカが薄く塗られており、その模様が彼女の表情を一層不可解にしている。胸元のシャツには、なぜかベティ・ブープのイラストがプリントされている。アメリカ生まれの古典的アニメキャラクターが、東南アジアの片田舎の竹小屋で微笑んでいるのは、どう考えても場違いだが、場違いこそが世界の均衡を保つ潤滑油であるとすれば、これもまた自然なことなのかもしれない。
ミャンマーの地方都市ピイは、エーヤワディー川流域の古代遺跡群で知られる一方、町の外れでは竹壁の家や土間の台所がまだまだ現役だ。金槌といえば、日本では釘打ちか日曜大工の道具だが、この国では台所の棚を直すのも、竹壁の隙間を埋めるのも、同じ一丁で事足りるらしい。そもそも竹は軽くて柔らかいので、鉄のハンマーはややオーバースペックに見えるが、工具は選択肢よりも手元にあるかどうかが重要なのだ。
女の子は僕を見つめたまま、金槌を持つ手を膝に置き、特に言葉を発するでもない。こちらとしても何を話しかければよいのかわからない。せいぜい、ベティ・ブープがアメリカの禁酒法時代に生まれたキャラクターであることや、タナカが日焼け止め兼化粧であることなど、どうでもいい雑学を心の中で繰り返すくらいだ。観光案内には載らないこんな場面こそ、旅の中では意外と記憶に残る。もっとも、記憶に残ったところで、それが何の役に立つかは保証できないが。
2010年9月 ミャンマー 人びと | |
女の子 視線 ハンマー ピイ |
No
4642
撮影年月
2010年3月
投稿日
2010年09月29日
更新日
2025年08月14日
撮影場所
ピイ / ミャンマー
ジャンル
ポートレイト写真
カメラ
CANON EOS 1V
レンズ
EF85MM F1.2L II USM