歩いているうちに、ミャンマーのピイの町外れにたどり着いた。埃が細かく舞い上がる道の脇に、唐突に現れたのは一本の井戸である。この辺りには上下水道の設備が整っていないため、各家庭の前には大きな水瓶が置かれ、そこに溜めた水が炊事、洗濯、そしてひょっとするとペットの水浴びまでをも担っている。つまり、この井戸からの水汲みは日常の家事として欠かせない。もっとも、水を汲むという行為は、日本ではもはや昭和の思い出アルバムの一ページに押し込められた光景である。
ちょうど通りかかったその時、井戸のハンドルを上下に押し引きしている女性がいた。頬にはミャンマー特有のタナカが白く塗られており、日差しと風の中で化粧とも日焼け止めともつかぬ独特の輝きを放っている。裸足で立ち、柄にもなく楽しそうな顔をしながらレバーを押す姿は、井戸端会議こそないものの、かつての日本の井戸の原風景と重なるような気がする。横の塀には、手書きの看板が掛けられていたが、ミャンマー語のため読めない。おそらく「飲用禁止」や「夜中の水汲みお断り」といった注意事項か、それとも「水の代金は後払い可」などと、商魂たくましい一文が記されているのかもしれない。
水は、蛇口をひねれば当たり前に出るものだと思い込んでいると、こういう井戸の存在が逆に異様に見える。しかし実際には、上下水道が整っていない地域ではこれが極めて合理的な生活手段だ。水道代の心配は少なく、停電しても問題はない。もっとも、毎日これをやれと言われれば、現代人の多くは腰を痛めるか、数日で音を上げるだろう。そう考えると、この女性の笑顔は、ただの生活の一部をこなしているだけなのに、妙に逞しく見えるのである。
2010年9月 ミャンマー 人びと | |
ピイ 裸足 タナカ 水汲み 井戸 女性 |
No
4643
撮影年月
2010年3月
投稿日
2010年09月30日
更新日
2025年08月14日
撮影場所
ピイ / ミャンマー
ジャンル
ストリート・フォトグラフィー
カメラ
CANON EOS 1V
レンズ
EF85MM F1.2L II USM