東京の御茶ノ水駅を降りて、聖橋を渡ったあたりに静かな空間がある。ここが湯島聖堂、すなわち日本における孔子廟である。元は五代将軍・徳川綱吉が儒教を奨励するために建てたもので、その後は幕府の学問所「昌平坂学問所」となり、江戸の知の中心となった。現在では再び孔子を祀る場として残り、都心の喧騒の中に、奇跡のような静けさを保っている。
もっとも、日本人にとって孔子は、学問の祖である以前に「論語の人」くらいの印象かもしれない。にもかかわらず、ここには厳かさというより、どこか肩の力が抜けた風情が漂っている。さすが東京、宗教施設でさえも都市の呼吸に合わせて淡々としているのだ。
石段を登ると、扁額に「大成殿」と掲げられた堂が見える。中国の廟宇建築を模して造られた重厚な建物だが、どこか日本的な簡素さもある。風が吹くたびに木々がざわめき、境内の静寂に拍子をつける。聞こえるのは時折、近くを走る中央線の車輪の音だけ。
御茶ノ水は学生の街だが、この湯島聖堂にも学問の神が祀られているという。受験シーズンになると、普段は閑散とした境内に、急に真剣な顔の若者が増える。彼らが孔子に祈る姿を見るたびに、学問とは何かという問いが、静かにこの石段の上から見下ろしているような気がする。
| 2006年9月 建築 東京 | |
| 門 御茶ノ水 階段 扁額 寺院 |
No
530
撮影年月
2006年7月
投稿日
2006年09月02日
更新日
2025年11月30日
撮影場所
お茶の水 / 東京
ジャンル
建築写真
カメラ
CANON EOS 1V