インド西部の都市プネーは、デカン高原の穏やかな陽射しの下にある。ムンバイから列車で数時間、車窓に乾いた大地と点在する牛の姿が見え始めるころ、街の喧騒が近づいてくる。ここは学生の多い町で、知的でありながら混沌も抱えている。その混沌の中で、トマトを売る一人の男に出会った。
男は道路脇に日傘を立て、秤と麻袋を並べ、その上に赤いトマトを山のように積んでいた。どれも丸々と太って艶があり、太陽の光を浴びてまるでルビーのように輝いている。彼は掌に数個のトマトを載せて見せながら、歯を見せて笑った。客を引くための愛想笑いというよりは、何かを思い出してふと笑ったような顔である。帽子の下の額には、鮮やかな赤い線――ティラカが描かれていた。
ティラカとは、ヒンドゥー教徒が額につける印で、宗派や信仰する神によって形や色が異なる。彼のものは縦に一本引かれた赤い線で、ヴィシュヌ神を信仰する者の印だという。これを朝の祈りのあとに塗るのが日課らしい。塗料はクムクムという紅色の粉で、ターメリック(ウコン)に石灰を混ぜたものから作られると聞いた。科学の授業なら「天然色素」だが、ここでは信仰の証になる。
| 2011年3月 インド 人びと | |
| 帽子 老人 プネー 露天商 ティラカ トマト |
No
5356
撮影年月
2010年10月
投稿日
2011年03月29日
更新日
2025年11月11日
撮影場所
プネー / インド
ジャンル
ポートレイト写真
カメラ
RICOH GR DIGITAL