インドの埃っぽい街を歩くのは骨が折れる。とりわけプネーの午後は日差しが強烈で、当てもなくうろついていると頭がどうにかなりそうになる。そんな喧騒の中、ふと通りかかった薄暗い店の軒先に、ひとりの立派な老人が腰を下ろしていた。彼の頭頂部は見事なまでの禿頭であり、周囲の光を反射してツルツルと輝いている。その一方で、口元から顎にかけては真っ白な髭がもじゃもじゃと無造作に蓄えられていた。上に毛がなく下に豊かな毛が生い茂るその顔の造作は、まるでだまし絵か逆さ絵のようで、見ているとなんだか可笑しくて、僕は思わず頬を緩めてしまった。
その思わず頬を緩めてしまった僕の顔を見て、逆さ絵のようなお爺さんも、愛嬌たっぷりにニカッと微笑み返してくれた。言葉は通じなくとも、こうした気楽なやり取りは楽しいものである。ふと彼の顔をよく観察してみると、ツルリとした額の真ん中に、縦にスッと引かれた線が描かれていることに気がついた。インドの女性がよくつけている丸いビンディは、単なる装飾としてイスラム教徒でもつけることがあるそうだが、彼のおでこにあるのはティラカと呼ばれる純粋な宗教的印だ。色や形で信仰する宗派を示すというから、額をキャンバスにした便利な身分証のようなものである。
その額に描かれた便利な身分証のような印の形から推測するに、彼はどうやらヒンドゥー教の維持神であるビシュヌ神を熱心に信仰する宗派に属しているらしい。ビシュヌ派のティラカはU字型や縦線が特徴だという雑学を、いつかどこかで仕入れた記憶がある。信仰心というものは本来目に見えない厄介なものだが、こうして顔のど真ん中に堂々と掲げられていると、よそ者の僕にもひどく分かりやすくて親切なシステムに思える。彼がどれほど徳の高い人物なのかは知る由もない。ただ、僕の黒いカメラに向けられたその屈託のない笑顔は、無邪気な子どものように愛らしくて愉快だった。
| 2011年11月 インド 人びと | |
| 禿頭 髭 顔 おでこ 男性 プネー ティラカ |
No
5905
撮影年月
2010年9月
投稿日
2011年11月17日
更新日
2026年05月08日
撮影場所
プネー / インド
ジャンル
ポートレイト写真
カメラ
CANON EOS 1V
レンズ
EF85MM F1.2L II USM