四角い広場はマドラサと呼ばれるイスラム神学校の建物で3方を囲まれていた。写真はそのひとつであるシェル・ドル・マドラサだ。青の貴重にした建造物は美しい。
「レギスタン」とはペルシャ語で「砂だらけの土地」という意味らしい。とはいえ、ここサマルカンドがある辺りはザラフシャン川の流域で中央アジアでも有数の肥沃な土地だ。そのため、オアシス都市であるサマルカンドは昔からインド、ペルシア、中国と草原地帯の結ぶ国際交易都市として栄えていたのだという。
広場に建つ3つの神学校はティムール帝国時代に建てられたものもあれば、その後の時代に建てられたものもある。国際交易都市として栄えていたサマルカンドは帝国の首都でなくなった後も荘厳な建造物を建てる資金的な余裕があったのだろう。
今では辺境の地にあって訪れるのも一苦労なサマルカンドには、そのようなかつての栄華を誇るものが今でも残っているのだ。飛行機がない時代、サマルカンドのようなオアシス都市には相当の富が集まってきたのだろう。
2006年5月 建築 ウズベキスタン | |
モスク サマルカンド 広場 世界遺産 |
No
410
撮影年月
2000年9月
投稿日
2006年05月05日
更新日
2024年07月01日
撮影場所
サマルカンド / ウズベキスタン
ジャンル
建築写真
カメラ
CANON EOS KISS