ベトナムの南部、広大なメコンデルタ地方に位置するベンチェーの、のどかな住宅街を歩いていた。ここは見渡す限りのヤシの木に囲まれた土地だ。ココナッツの果汁を煮詰めて作る名物のキャラメル菓子「ケオ・ズア」の産地として広く知られている。強い日差しを遮るものもない静かな路地を徘徊していると、一軒の民家の開け放たれた玄関先が目に留まった。そこには、ひとりの小さな女の子がちょこんと腰を下ろしていた。
その玄関先に腰を下ろしていた小さな女の子は、異国からやってきた怪しげな風体の僕を見つけると、びっくりしたような丸い目をこちらに向けた。僕の存在に気がついた瞬間、彼女はまるで魔法にでもかけられて時間が止まったかのように、ピタリと動きを止めてしまった。肘を膝の上につき、小さな手で頬杖をついた姿勢のまま、僕の姿をじっと凝視している。人見知りをしているのか、あるいは僕の顔がよほど奇妙な形に見えたのか。どちらにせよ、その微動だにしない真剣な眼差しは、僕の歩みを止めるには十分な、妙な威圧感を持っていた。
その僕の歩みを止めるには十分な威圧感を放つ彼女のすぐ傍らには、透明なペットボトルの水が一本、ぽつねんと置かれていた。ベトナムの水道水は、高度な浄水処理やインフラの整備が追いついていない地域が今でも多い。そのため、地元の人であってもそのまま口にすることは滅多にないらしい。とりわけ泥水や塩害の影響を受けやすいメコン川の下流地域では、飲料水は専ら買い求めるか、徹底的に沸騰させるのが鉄則だ。こんな幼い子どもの足元にまで市販のミネラルウォーターが備わっているのを見ると、この国の水事情のシビアさが実によく分かった。
| 2009年6月 人びと ベトナム | |
| ベンチェー 肘 入り口 女の子 ペットボトル |
No
2930
撮影年月
2009年3月
投稿日
2009年06月28日
更新日
2026年06月18日
撮影場所
ベンチェー / ベトナム
ジャンル
ストリート・フォトグラフィー
カメラ
CANON EOS 1V
レンズ
EF85MM F1.2L II USM