展示物の劣化を防ぐためだろうか、展示室の照明はぐっと抑えられており、室内は薄暗かった。台北にある故宮博物院の一室に足を踏み入れた瞬間から、ただならぬ空気が漂っている。目を凝らすと、部屋の中央には細長いガラスケースが据えられ、その中には一本の長い巻物が静かに展示されていた。解説を読まなくとも、それが相当な時代を経たものであることは、紙の色や筆のかすれ具合から伝わってくる。
そのガラスケースの前には、自然と人だかりができていた。皆、一様に身を乗り出し、巻物の絵に顔を近づける。おそらく僕が知らないだけで、この巻物もあの翠玉白菜と並んで人気の展示なのかもしれない。白菜の葉に紋白蝶がとまっているあの小さな彫刻は、中国の歴代皇帝の宝物の象徴のような存在であり、ここ台湾の宝でもある。
人びとの様子は、まるで神聖な儀式に参加しているかのようだった。「神は細部に宿る」とはよく言ったもので、筆のタッチ、絵巻に込められた風景や人物の表情にまで、息を呑むほどの緻密さがあった。誰もが、その絵の中に封じ込められた時間と物語に引き込まれていた。巻物はおそらく、かつて皇帝の目を楽しませるために描かれたものなのだろう。
台湾という島国にありながら、ここ台北の故宮博物院は、広大な中華文明の記憶を今に伝える貴重な空間である。なぜその財宝がここにあるのか。それは1949年の国共内戦の末、中国大陸を去ることになった国民政府が、紫禁城にあった膨大な宝物を一部選別し、船で台湾へと運び込んだからだ。政治の嵐を越えて残されたこれらの財宝が、いま静かに並ぶ展示室に入ると、単なる観光というよりも、歴史の海に潜り込んだような、そんな気分になる。
2016年11月 人びと 台湾 | |
人集り 眼鏡 博物館・美術館 台北 |
No
9950
撮影年月
2016年9月
投稿日
2016年11月26日
更新日
2025年06月28日
撮影場所
台北 / 台湾
ジャンル
スナップ写真
カメラ
SONY ALPHA 7R II
レンズ
SONNAR T* FE 55MM F1.8 ZA