ホーチミンの喧騒を抜け、迷い込んだのは、人ひとりがようやくすれ違えるほどの細い路地だった。壁と壁のあいだに陽の光はほとんど届かず、空気は静かに澱んでいる。その突き当たりに、小さな影がじっと座っていた。
子猫だった。全身の力を抜いてそこにいるようでいて、どこか警戒の色も浮かんでいる。細長い視線の先にいるのは、旅人である僕。猫は動かず、ただ耳をわずかに動かしながら、僕が何者なのかを見極めようとしていた。
僕もまた動かなかった。言葉をかけるわけにもいかず、もちろんタバコの一本で距離を縮めるわけにもいかない。ただ、敵意がないことを伝えるために、ゆっくりと表情を緩め、笑みの輪郭だけを浮かべてみる。
それでも猫はすぐには心を開かない。けれど逃げもしなかった。あの静かな間合いの中には、まるで人間同士では得られないような、濃密で正直な時間が流れていた。
2009年8月 動物 ベトナム | |
路地 猫 薄暗さ ホーチミン市 |
No
3113
撮影年月
2009年3月
投稿日
2009年08月26日
更新日
2025年06月16日
撮影場所
ホーチミン市 / ベトナム
ジャンル
動物写真
カメラ
CANON EOS 1V
レンズ
EF85MM F1.2L II USM