華やかな地上を離れて、薄暗く少々埃っぽい地下鉄のホームへと潜り込んだ。パリのメトロは1900年の万国博覧会に合わせて開業したという、非常に古い歴史を持っている。そのため、最新の自動運転車両が走る路線がある一方で、未だに乗客自身が金属製のレバーを跳ね上げて手動でドアを開けなければならないような、骨董品じみた骨の折れる路線も平然と現役で動いている。僕はそうした古めかしい車両の隅っこに陣取り、カタコトと不快な揺れに身を任せながら、車内の様子をぼんやりと眺めていた。
そのカタコトと不快な揺れに身を任せていた車内のドアの上を見上げると、そこには細長い路線図が貼られていた。写真に写っているのは、セーヌ川の左岸から右岸へとパリをなぞるように走る8号線の路線図のようだ。その路線図の手前には、車内を上下に貫く金属製の手すりポールが一本、不躾に立っている。そして、その頑丈なポールのすぐ隣の席で、一人の男が深く頭を垂れ、大きな手で自分の顔を半分覆い隠すようにしてじっと固まっていた。
その大きな手で自分の顔を半分覆い隠すようにして固まっている男の姿は、どう贔屓目に見ても、何やら重大な困難に直面して深く考え込んでいるようにしか見えなかった。昨晩の夫婦喧嘩の言い訳を脳内で必死に練り上げているのか、あるいは単に買い忘れた玉ねぎのことを思い出して絶望しているのか。人間、どんなに遠い異国の地であっても、頭を抱えて悩むときの姿勢というのは不思議なほど共通しているものだ。フランスの偉大な彫刻家ロダンが残したあの有名な『考える人』は、実は地獄の門の上から遥か下の群衆を見下ろして思索している姿だそうだ。だが、目の前の彼が抱える地獄の門は、せいぜい今日の晩飯のメニュー選び程度ではないかと、僕は冷ややかに邪推してみる。
その今日の晩飯のメニュー選び程度かもしれない彼のお悩みだが、最終的にどんな素晴らしい解決策を見つけ出したのかは、僕にはさっぱり知る由もない。彼が頭を抱えて人生の真理に到達しようが、はたまたそのまま居眠りを始めようが、そんな個人のドラマにはお構いなしに、列車はガタゴトと次の駅を目指して無情に走り続ける。世の中の重大な悩みのほとんどは、他人から見れば取るに足りない些細な塵芥にすぎないのだ。
| 2010年6月 フランス 人びと | |
| パリ 乗客 地下鉄 |
No
4208
撮影年月
2009年12月
投稿日
2010年06月13日
更新日
2026年07月16日
撮影場所
パリ / フランス
ジャンル
ストリート・フォトグラフィー
カメラ
RICOH GR DIGITAL