古い梯子を登る男の背中とのぞき見たくなる閉ざされた壁の向こう側

梯子の上に立つ男
モロッコのフェズ・エル・バリで撮影

迷路のようなモロッコの古都、フェズの薄暗い路地裏を、当て所もなく彷徨っていた。この街の旧市街は千年以上前の姿を今に残す世界最大級の歩行者天国だ。あまりに細い道が入り組んでいるため、自動車は入って来られず、代わりにロバが荷物を運ぶ。そんな前近代的な路地を歩いていると、漆喰の古びた壁に、一本の年季の入った木製の梯子が立て掛けてあるのが不意に目に留まった。梯子の上には、白いお椀をひっくり返したような帽子をかぶった男が、器用に足を乗せて上へ上へと登っている最中であった。

著者 : たかのてるこ
幻冬舎
発売日 :

その器用に梯子を登っている男が頭に戴いている白い帽子は、「タキーヤ」と呼ばれるイスラム教徒の男性用のドーム型の帽子だ。元々は礼拝の際に額を床につけやすくするため、つばのない平らな形状をしている。熱い日差しから頭部を守る役割もあり、この乾燥した空の下では欠かせない生活必需品なのだ。そんな実用的なタキーヤをかぶった男は、どうやら壁の補修か何かの大工仕事をしているらしかった。彼が登っている梯子は、現代のアルミ製のような味気ないものではなく、不揃いな丸太を継ぎ合わせたような、いかにも不安定で心許ない代物である。

そのいかにも不安定で心許ない梯子を踏みしめる男の背中を見つめながら、僕はフェズ独特の住宅建築に思いを馳せた。この街の伝統的な家屋は、通りに面した外壁にはほとんど窓を設けない。外からは家の中の様子が全く分からない頑丈な造りになっている。これはイスラムのプライバシー保護や防犯の知恵によるもので、中に入ると「リヤド」と呼ばれる美しい中庭が広がっているのが常だ。そうなると、外壁に立て掛けられた梯子のてっぺんに立てば、あの閉ざされた壁の向こう側に隠された内緒の世界が、一望のもとに見渡せるのではないか。僕も彼の後ろに続いてその梯子を一段ずつ登り、高いところから隣の敷地を覗き込んでみたいという、いささか不謹慎な衝動がむくむくと湧き上がってきた。

そのいささか不謹慎な衝動にかられはしたものの、見ず知らずの東洋人が他人の梯子に勝手によじ登れば、間違いなく不審者としてお巡りさんに突き出されるのが関の山だ。男の背中は、ただ淡々と自らの仕事に没頭しており、僕の熱い視線など全く気にも留めていない。壁の向こうに広がるであろう未知の景色への尽きない未練を、僕はタキーヤの白い丸みの中に残したまま、またトボトボと迷路の奥へ向かって歩き出した。

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ENGLISH
2010年6月 町角 モロッコ
路地 フェズ 梯子 タキーヤ

PHOTO DATA

No

4209

撮影年月

2009年12月

投稿日

2010年06月13日

更新日

2026年07月16日

撮影場所

フェズ / モロッコ

ジャンル

ストリート・フォトグラフィー

カメラ

CANON EOS 1V

レンズ

EF85MM F1.2L II USM

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