メコンデルタの熱気に包まれた、ベトナムのベンチェーの街角を歩いていた。この辺りはヤシの木が無数に生い茂る長閑な土地だが、やはり南国特有の湿気と容赦のない日差しが容赦なく体力を奪っていく。喉の渇きを覚えて一息つこうと目を凝らすと、雑多な街路の隅に小さなキオスクがぽつねんと佇んでいるのが見えた。そもそもキオスクという言葉は、ペルシャ語の「クシュク(日除けの東屋)」に由来する。それが遥々ヨーロッパを経て、現代のベトナムの街角で、日用品や雑誌、冷たい飲み物を商う露店として定着しているのだから、言葉の旅路というものは実におもしろい。その歴史ある語源とはおよそ不釣り合いな、生活感溢れる店先に、水玉模様の服を小綺麗に纏った一人の女性が静かに座っていた。
その水玉模様の服を着て静かに座っていた女性の、穏やかな佇まいが妙に気にかかり、僕は引き寄せられるようにキオスクの前に立ち止まった。店先で手持ち無沙汰にしている彼女に向けて、カメラを指差し、「写真を撮ってもいいか」と身振り手振りで尋ねてみた。まるで新しい玩具を手に入れた子どもが、大人の日常に土足で踏み入るかのような僕の無粋な行動に、彼女は不意に驚いたようで、眉を寄せてちょっと困惑気味な顔をした。何せ、得体の知れない異国の男が突然目の前に現れ、無粋な機械を向けてきたのだから無理もない。しかし、その困惑の表情もほんの一瞬のことであった。
そのほんの一瞬の困惑の後に、彼女はカメラを拒む代わりに、目尻をふっと下げて何とも可愛らしいはにかみを見せてくれた。ベトナムには「一度の笑顔は十袋の漢方薬に匹敵する」という健康にまつわる古い諺がある。それほど彼らは笑顔を大切にしているのだ。水玉模様の丸い襟元が彼女の素朴な魅力を引き立てていた。
| 2009年6月 人びと ベトナム | |
| ベンチェー 困惑 キオスク ピアス 水玉 女性 |
No
2924
撮影年月
2009年3月
投稿日
2009年06月26日
更新日
2026年07月15日
撮影場所
ベンチェー / ベトナム
ジャンル
ストリート・フォトグラフィー
カメラ
CANON EOS 1V
レンズ
EF85MM F1.2L II USM