柱の影から、ひょいと現れたのは老婆であった。耳には小さなイヤリングが光っていたが、それは宝飾品というよりも、彼女の日常の中に溶け込んだ生活の一部といった風情である。老婆はカメラに気づくと、いたずらを見つかった子供のように一瞬目を丸くし、それから人懐っこい笑顔を浮かべた。その笑顔は前歯が抜け落ちており、いわば「歯抜けの勲章」であったが、かえってその欠け具合が柔らかい表情を引き立てているように見えた。
ミトーはメコンデルタの玄関口として知られ、川沿いの市場では魚や果物があふれんばかりに積まれている。老婆の笑顔もまた、その市場の賑わいの一部なのだろう。ベトナムでは高齢の女性がよく耳飾りを身につける習慣があり、イヤリングは単なる装飾ではなく、ある種のお守りのような役割を果たしてきたとも言われる。もっとも、僕のような旅人がそれを本気で信じているわけではない。むしろ、老婆の皺の奥に秘められたしたたかさの方が、何よりも効き目のある護符に違いないと思えた。
2009年7月 人びと ベトナム | |
イヤリング 前歯 白髪 にこやかな笑顔 ミトー 老婆 |
No
2978
撮影年月
2009年3月
投稿日
2009年07月14日
更新日
2025年09月10日
撮影場所
ミトー / ベトナム
ジャンル
ポートレイト写真
カメラ
CANON EOS 1V
レンズ
EF85MM F1.2L II USM