フィリピンのルソン島北部に位置するバンガアンの集落を、僕はひどく重い足取りで歩いていた。眼前に広がるのは、世界遺産などと云う仰々しい肩書きを背負わされた棚田の群れである。この「天国への階段」と称される急斜面の石積みは、壮観ではあるが、実際に歩いてみれば膝は笑い、額からは卑しい脂汗が噴き出すばかり。高まる心拍数に、なるほど天国に近いとはこういうことかもしれないと思う。ふと見れば、古びた高床式の家の軒先に、一人の男が腰を下ろしている。仕事を終えたばかりなのだろう、男は汗まみれで、魂をどこかへ置き忘れてきたような、実に間の抜けた、しかし切実な疲労の色を浮かべていた。
集落の一角には、ついさっきまで彼が格闘していたであろう収穫済みの稲穂が天日干しされている。この山奥の集落における日常は、そのほとんどが過酷な農作業に集約されるといってよい。本来、フィリピンの主食は米であり、国民一人あたりの消費量は日本を遥かに凌ぐが、この急峻な地形で米を作るのは正気の沙汰ではない。平地が極端に少ないため、近代的な農耕機の導入などは夢のまた夢であり、文明の利器は一向にこの斜面を登ってこないのである。その結果、ここでは今なお「カラバオ」と呼ばれる水牛が重用され、泥にまみれた手作業が延々と繰り返される。水牛は一見のんびりとしているが、あれでいて時速50キロメートル近い速度で走ることもあるというから侮れない。棚田でそんな速度を出されては、谷底へ真っ逆さまである。
| 2009年2月 人びと フィリピン | |
| バンガアン 軒先 入り口 男性 口髭 |
No
2487
撮影年月
2008年9月
投稿日
2009年02月10日
更新日
2026年03月07日
撮影場所
バンガアン / フィリピン
ジャンル
ポートレイト写真
カメラ
CANON EOS 1V
レンズ
EF85MM F1.2L II USM